【小さな幸せ10のお題】「手を繋ごう」
竜は一賀のひんやりとした手を握ったまま踵(きびす)を返した。
「家(うち)の前まで連れてったる。一人にできるかいな」
竜に手を引かれて一賀は足を踏み出した。
――何て――。
鬱陶しい。
「独りの方が楽なのに」
一賀はそれを口に出してみた。
「あんたは、もうちっと苦労した方がええ」
苦労した方がいいなんて説教くさい言葉だ。
一人にできないなんて甘い言葉だ。
でも。
――いつも縋り付こうと手を伸ばしていたのは自分の方だ。
こんなに簡単に手を取ってもらえるなんて。
「緒方、手、温(あった)かいね」
こんなに人の温もりが心地いいものだなんて。
「あんたが冷え過ぎなんや」
竜の手が、彼の手を温めようとするように握り直されるのを感じて、一賀は少しだけその手を握り返した。
涙が、こぼれた。
作品名:【小さな幸せ10のお題】「手を繋ごう」 作家名:井沢さと