【小さな幸せ10のお題】「手を繋ごう」
手を繋ごう
「会長(かいちょ)?」
発売日に買いそびれてしまった週刊誌を探して、コンビニエンスストアをはしごしていた緒方竜(おがたりょう)は、何軒目かに立ち寄った線路脇の店から出たところで、踏切の、明滅する赤い警告灯に照らし出された小さな人影に目を留めた。
踏切の向こう側にもこちら側にも人影はそのひとつきり。電車はまだ来ない。
――何や、ここんとこ天候不順で調子悪いんやなかったんか。
電車を待つその横顔は、竜のよく見知ったものだった。日栄一賀(ひさかえいちが)――彼の所属する西讃第一高校お茶会同好会の現会長。
竜はこの病弱なくせに最強最悪な先輩が苦手だった。馬鹿正直でお人好しで健康優良児の竜には、猫っかぶりで性悪で綺麗な顔の病人の考えは量りかねるもので、いつももやもやさせられているからだ。
それでも生来の性格故、知り合いを見かけて知らん顔も出来ず、彼にしては気の乗らない足取りを踏切に向けた。
赤い光の中照らし出される小さな影は、いつにも増して頼りなげだった。
――体調不良のくせにこないな時間に出歩きよってからに。
竜はふいに胸元に湧き上がってきた不安感に、僅かに歩度をあげた。
――何や。この――――。
電車が近づくに連れ、はっきりとしてくる一賀の影。彼の手はいつの間にか遮断機のポールに掛かっていた。
一賀らしい躊躇のない動きでそれを押す。
明るい光が一賀の顔を照らす。
普段と変わらない綺麗で冷たい顔。
「どこ行くんや!!」
慌てて踏切に駆け寄った竜は、もう遮断機を越えてしまっていた一賀の体を力ずくで引き戻した。
2人の頭上で電車の窓の明かりがちらちらちらちら通り過ぎる。
風が、2人を走り抜ける電車へと吸い寄せる。
竜は一賀の手を掴んで遮断機から引き離した。
「あんた、何やってんねや!!」
竜は人形のような手応えに、殊更に声を荒げた。
「――――やあ、緒方」
彼の剣幕に反して至ってのほほんと一賀は顔を上げた。
「やあ、やあらへん。あんた、何やってんねや」
竜は薄暗闇の中で一賀の顔を覗き込んだ。
色白の端正な顔。
何事もなかったかのような涼やかな瞳。
きょとんと竜を見上げる。
しかし、その見開いた瞳からぽろりと何かがこぼれ落ちた。
作品名:【小さな幸せ10のお題】「手を繋ごう」 作家名:井沢さと