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だれか姉ちゃんを止めてくれ!

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 事件が起こったのは五時限目の授業中だった。満腹感と春の日差しのダブルパンチでウトウトとしていたその時だ、教室のドアが勢いよく開いた。突然の事態にクラス中が注目するとそこにはジャージ姿の男子が立っていた。縫い付けられたラインの色から一つ上の学年ということが伺える。
「石動弟はどいつだ!!」
 直感的に察した。ここで反応するとろくでもないことに巻き込まれると。――よし、寝て誤魔化そう。
「お前が石動の弟か!?」
 ――バレた。何故だ、ごく自然に寝る体制へと移行したはずなのに。
 ふと周りを見るとクラスメイト、教師の全員が俺を指差していた。直感的に察したのは俺だけじゃない、クラス全員が不穏な気配を察していたのだ。ならば原因になりそうな俺を差し出してしまおうと。何てヤツらだ。
「お前ら全員人間じゃねぇ!!」
 ありったけの呪いを込めて俺は叫んだ。そして男に引きずられるようにして連れて行かれた。ズルズル。
「い、痛ぇ。ちょっと先輩、自分で歩きますから! 離してくださいよ!」
 逃げるなよ、そう念を押されてから解放される。立ち上がって制服に付いた埃を払う。
「んで、姉ちゃん関係の問題ですよね」
 こんな授業中に連行されるなんてそれしか考えられない。
「話が早くて助かる。……石動が暴走した。何とかして欲しい」
「やっぱり……」
 先輩が言うにはこうだ。今日は大河内が休みで石動の暴走を止められる人間が居ない→そういえば一つ下の学年に弟がいたはずだ→よし、攫ってこい→そして今に至ると。
「……何やったんですか」
「ウチのクラスは今日体育が自由プログラムでな。何をするかと話していると石動が『長縄跳びがやりたい』と言い出したんだ」
「……まさか素直に縄跳びやったんじゃ」
 先輩は俺から目を逸らし明後日の方角を見る。――馬鹿か、姉ちゃんの提案を承諾するなんて。
「何考えてるんですか。あの人が考える事なんて裏があるに決まってるのに」
「……皆、春の陽気に誘われてな。正直眠くてよく覚えてないんだよ」
 呆れてものも言えなかった。いかにタッちゃん頼みのクラスかという事が伺い知れたが、それを今言っても仕方がない。
 昇降口からグラウンドへと駆け出す、上履きだけど気にはしない。
 駆けつけるとそこは俺が思っていた通りの、いや思っていた以上の惨状が待ち受けていた。
「そーれ、いっかーい、にーかい、さんかーい……」 
「うぇぇぇ、棗ちゃんもう止めてよぉ」
「まだよ、小春ちゃん。まだまだ貴女の魅力は引き出せるはずよ!! そーれ、ローリ巨ー乳っ!! あそーれ、ローリ巨ー乳っ!!」
 何だろう、これは。小春と呼ばれた小柄な、それでいてとてもふくよかな胸をした女生徒が延々と縄跳びをしている。その胸が揺れる度に「ムハー、たまらん!」と興奮している我が姉。一部の男子も一緒になって「ローリ巨ー乳っ」と叫んでいる。悪夢としか言えない光景だった。――跳ばされてる先輩、マジ泣きしてるぞ。トラウマになる前に助けなければ。
「ローリ巨ー乳っ!! あそーれ、ローリ巨ー乳っ!!」
「何やってやがんだぁぁ!!」
 姉の手首を掴むと後ろ手に捻りあげた。
「いたたたたた!! この極め方は涼君ね!? って本当に痛いって!」
「……正気に戻った?」
「だいじょうぶだ・・・おれはしょうきにもどった!」
「その台詞を言ってる時点で正気じゃねぇ!」
 更に関節が外れるギリギリまで力を込める。
「すみません、お姉ちゃん調子に乗りました! 勘弁して下さい!!」
「ほれ、先輩にも謝る!」
「えー、あれは小春ちゃんの果実がセクシャル過ぎるのがいけな、いたたた!! わかった、わかったって! 小春ちゃん、すみませんでした! 許してください!!」
 どうやら反省したようだし離してやるか。後ろ手に極めていた腕を放してやる。
「……なんてね」
「なっ」
 解放したと同時に姉が振り向き、その勢いのまま俺にアッパーを放ってきた。
「邪魔するなぁッ!!」
「ちょ、姉ちゃグハァッ!」
 不意な攻撃に対応することが出来ず、姉の放った一撃は俺のアゴを抜けるように綺麗に決まった。油断していた。あの人がこれくらいで懲りるわけがないのに。しかし今となっては遅い、そんな後悔と共に俺の意識は途切れた。