薊色花伝
「ねぇ、それって……」
言葉を喉に詰まらせる。とっさに顔を上げれば、どこまでも真直ぐな眼があたしを見ていた。皮肉でも揶揄でもない、真摯な琥珀色。
新しい、『社長』。
ふっと緩んだ口元にその真意を知る。
留めていた手を再開させ、空になった食器を下げていく。代わりに真っ白なカップが前に出て、サイフォンを傾げようとするのを大慌てで静止した。
「ねぇ、珈琲じゃなくて紅茶にしてくれる?」
きょとんとした表情にニヤリと笑い返す。仕返しになるはずはない。我ながら、少し無理のある話題転換だった。
「飲めないのよ、珈琲。苦いじゃない」
――照れ隠しだとバレなければいいのだけれど。
「全く、手のかかる社長さんだね」
もう一度改めて口にした彼はやっぱり微笑んで。
目を伏せたままなのは、もしかしたら涙目がちになっているあたしを見ないよう逸らしているのかもしれない。
あたしは何も変わらない。変わるのは環境ばかり。
だから今はおいて行かれないよう、懸命にその背中を追いかける。たとえ上手に前に進めなくても、息を深く吸って辺りを見回そう。
この小さな事務所の、幼い社長。それを支えてくれる唯一の社員。
いつかはあの背中に追いつけるように。そして、彼らから認めてもらえるように。