弓ちゃん、恋をする
弓ちゃんは背中におぶさると思ったよりおとなしくなり、星也の首筋に鼻先をつけて静かに息をしていた。ほとんど眠っているみたいだった。弓ちゃんの身体は雪よりも冷たかった。その冷たさをしっかりと背中に感じながら、星也は暗く静かな道をゆっくりと歩いた。
「最近、よく似たような夢を見るの」、星也の肩越しに、、ふと弓ちゃんが呟いた。かろうじて音になったような、すきとおるような小さい細い声だった。でも星也は弓ちゃんの声帯が震えるのをはっきりと肩に感じることができた。「夢の中で、誰かの声が聞こえるの。その声はわたしを呼んでるの。誰かがわたしを呼んでるの。あたりは真っ暗で何も見えない。でもようく目を凝らしてみると、遠くのほうに小さなドアがあるの。そしてその声はそこから聞こえてくるの。その小さなドアの向こうにある、小さな部屋から。その誰かはたった一人で、その部屋からわたしを呼び続けてるの。わたしはそのドアのあるほうへ走っていく。でも思うように身体が前に進まない。まるでプールの中を歩いているみたいに。そうしているうちにその部屋はどんどん遠ざかっていくの。ドアが遠くのほうに小さくなっていって、わたしを呼ぶ声も小さくなっていく。わたしは早くそこへたどり着いて、そのドアを開けなくちゃいけないのに、どんどん遠ざかっていくの。そのときにはわたしはもう身動きすらできなくて、ただそのドアが小さくなって、声がか細くなっていくのを見届けるしかないの。最後にその声は悲しくなるくらい遠くのほうで止んで、わたしはそこで目を覚ますの」と弓ちゃんは言った。「そういう夢を見るの」