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絶対不足浪漫譚

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六、君には勇気が足りない


 師と別れてからの旅は苦難の連続だった。まずもって魔法を信じようとする人は皆無だったのだ。しかし、そんな事態は当然、師が以前に通った道なのだ。五年間の間に学んだことには無駄はない。師は私に三つの魔法と、生き延びるための武芸に加え、一般人よりもはるかに器用で繊細で多様な技術を学ばせてくれた。それは時に路上で行う奇術パフォーマンスであり、鍵を開けたり直したりすることであり、時には特殊な乗り物を操る専門技術だった。
 師から最後に与えられた宿題は、難しい。あれから五年を経てもなお、日々迷い戸惑い、悩んでいる。だが、師の最後の笑顔が私の揺るがぬ指針であることに、変わりはなかった。人との出会いと触れ合い、語り合いとそして別れ。それら全てが織り成す物語が、私に教えてくれている。魔法とは何か。魔法とは、どうあるべきか。
 そして、今まさに目の前で繰り広げられている物語もまた、魔法のなせる業に違いなかった。ひと月ほど前から始めた熱気球の営業だったが、今日乗りに来た対照的な二人の女性は、海岸線まで来て俄然様子が変わった。それまで籠の底で呪詛でも呟いているかのようだった一人が急に、自分がいる高度も忘れて激しく動き回り始めたのだ。最初から縦横無尽に暴れまわっていた鉄宮子が抑え役に回っていなければ、いつ落ちてもおかしくはない。恋は盲目を地でいく様だ。私の類まれな操船技術があってこそ可能な無茶を、すでに数分以上繰り返している。
 状況は十二分に理解している。砂浜には誰が見ても読み違えようのない恋文がデカデカと記されているし、気球に乗る際の手続きで彼女がまさに恋文を宛てられた紅華子その人であることも間違いない。そして、彼女が先ほどから――恐らく自分の意図とは別に――マシンガンのように話している内容から鑑みるに、彼女の意中の人もまた恋文を書いた霜山というその人なのだ。これも魔法に違いない。素敵な魔法の織り成す物語だ。それは未だに私には理解できていないものの一つでもある。ここは魔法を学ぶものとして、彼女に協力する必要がある。そう、私の魔法を駆使して彼女の恋を手伝えば、必ず魔法の勉強になるに違いない。”恋”の魔法に”故意”の魔法。師は笑ってくれるだろうか。
 私は友人を必死に抑えている鉄に、口頭で簡単に操船方法を伝えると、興奮で今にも落ちてしまいかねない紅の肩に手を置いて、その瞳を見つめて言った。
「君に足りないのは勇気だけです! さぁ、私と一緒に彼の胸元に飛び込みましょう!」
 紅の火照った顔がさらに火を噴く。その名のように紅に染め上がる。沈黙は了解の意だ。
 私は紅を抱えあげると、鉄の方に私が戻るまでの間は高度を維持するようにと指示を与える。彼女は目を丸くしながらも口の端をニヤリと持ち上げて親指を立ててみせた。
 私は同じサインを返すと、紅を抱えたままで熱気球から飛び降りた。地上まで、五歩だ。

作品名:絶対不足浪漫譚 作家名:空創中毒