絶対不足浪漫譚
四、僕には豆板醤が足りない
ついにラーメンを口にした僕を最初に襲った感情は圧倒的な寂しさだった。まだ、足りない。満たされない。この寂しさは何なのだろう。味はこってり、とんこつ味だ。チャーシューの味も厚みもとろみも火の通り具合も非の打ち所が無い芸術品だ。だが、何故か口寂しい。この、真冬の最中に恋人に振られた挙句、財布の中に一枚の紙幣も見当たらない上に、家の中にはカップヌードルすら無い時のような、切実な寂しさはなんだろう!
「店長! このお店には豆板醤は無いのですか! ナッシング・トゥ・バンジャン!」
僕は綺麗にスープまで飲み干したラーメンどんぶりを前に、水を一杯飲み干した上でそう叫んだ。店長はさも申し訳なさそうな様子で「当店では扱っておりません」と言った。
僕はご馳走様と店長に礼を尽くすと、足早に店を後にした。あの、血を滾らせる赤い調味料を味合わずにエネルギー充填が出来るだろうか? 否! 否! 否!
僕は、真冬の風にマフラーを強く巻きなおす。まだ休日の昼過ぎだというのに、一緒に出掛けるような彼女にも振られた。財布の中には、もう五百円玉すら残っていない。それなのに満たされないこの胸の寂しさを、豆板醤の熱さ以外に何が暖めてくれるというのだろうか。