あなたのために死ねない
振り返った彼女と目が合った瞬間、ぼくは言葉を失ってしまった。
逢いたい気持ちが先行して、何をどう喋るか段取りなどできていなかったのだ。
「幽霊さん、ですか?」
黙っているぼくに彼女が訊いてきた。ぼくは黙ったまま頷く。
彼女は小走りでぼくには近寄ってきた。
ぼくの首辺りに両腕を回して、ぼくのひだり胸辺りに頭をうずめた。
ふわっと髪の匂いがした。
「逢いたかったです!」
ぼくの胸に顔をうずめたまま、彼女は言った。
抱きつかれた、と気付いてから気が動転しつつも、彼女と目が合ってないせいか、ぼくの緊張は少し和らいでいた。
「…… おれも、逢いたかったです」
“Web上の会話では敬語ではなかったのに”そんなちょっとした後悔を打ち消すべく、ぼくは彼女の背中に腕を回した。
その瞬間、彼女はハッと我に返ったように、ぼくから離れた。
ぼくも慌てて腕を引っ込める。
「やっぱり、幽霊さんはわたしの思ってた通りの人でした」
タカコはそう言って微笑んだ。
「…… 思ってた通りって?」
「すごくカッコいいです」
そんなことを言われると思ってなかったので返答に窮した。
「わたし、幽霊さんが大好きでした」
「おれのほうこそ」
ぼくは反射的に返事をした。
“ぼくのほうこそ、あなたが大好きです。あなたを愛しています。だからこの命を捨ててまで、あなたを守ったんです”
「幽霊さんは、信念を貫いたんですよね」
「…… え?」
タカコは悪びれた様子もなく続けた。
「あれから、みんなで幽霊さんの話をしたんです。なぜ、彼はああまでして、わたしを守ってくれたのかって。幽霊さんはああいう卑劣な行為を見て見ぬフリできない人でしたもんね。きっと相手が誰であろうと自分の正義を貫いたんだろうなって、みんなも言ってました。だからもし、幽霊さんに出会えたとしても“助けてもらってありがとう”なんて言うのはお門違いなんじゃないか、なんて話も出ました。たしかに、わたしなんかのために命を捨てたなんて、おこがましいかもしれないなって ……」
すっかり夜の帳が降りていた。
国道を走るクルマの数も増えてきた。
次々と横切っていくヘッドライトが、ぼくをあざ笑いながら通り過ぎていく気がした。
「いや、あの、べつに、自分の信念とかじゃなくて ……」
挙動のおかしいダンプカーが見えた。
「わたし、来月、結婚するんです」
次の瞬間、ヘッドライトがぼくらを包み込んだ。
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「こんばんは/オフ会お疲れ/様でした/今日はオン会/よろしくどうぞ」
「こんばんわ〜♪ イデさん3日ぶり!! てか、大変なことがあったんだよ(@_@)」
「大事件/あれば教えて/ウラシマに」
「タカコさん交通事故に遭ったんだよ!! ダンプカーが突っ込んできて(+o+)」
「こんばんはです。枝豆さん&イデさん。イデさんは三日ぶりですね(笑)」
「こんばんわ〜♪ 大森さん(^O^)/」
「交通事故ってなんですか」
「イデさん …… 七五調じゃなくなってる(@_@)」
「タカコさん、あのオフ会のあと、交通事故に遭ったんですよ。でも、偶然いっしょにいた男性に助けられて、軽いケガで済んだみたいですけどね」
「ホッとした/嗚呼ホッとした/ホッとした」
「で、ちなみにいっしょにいた男性というのが …… ふふふ、内緒にしておきましょうか。ご本人登場までのお楽しみ(笑)」
「大森さん、もったいつけちゃって(●^o^●)」
「こんばんは。みなさん」
「これはこれは、いいタイミングでご登場(笑)」
「こんばんわ〜♪ タカコさん(^O^)/」
「タカコさん/心配しました/本当に」
「…… えーと、続けざまに、こんばんは」
「えええええええええええええええええ!!!!」
「アハハハハハハハ!(*^。^*)」
「イデさん、キャラ崩れてますよ(笑)」
「イデさん、お久しぶり。…… 幽霊です」
「幽霊さん/どうしてここに?/黄泉返り?」
「そうですね。黄泉返りみたいなもんかな。ぼくの“死刑”は取り消されたんです。特例中の特例みたいだけど」
「わたしを交通事故から救ってくれたのは、幽霊さんだったんですよ」
「ごめんなさいねイデさん(笑) 我々も最初は同じようにビックリしたんですよ」
「人命を救った功績が認められて“死刑”取り消してもらえたんだよねー(^−^)」
「あ、あと、すみません。今日はみなさんにご報告があります」
「タカコさんからのご報告? …… なんだろう?(ー_ー)!!」
「ぼくとタカコ、結婚します」
「もう、わたしが言おうと思ったのに(笑)」
「突然のビッグニュース! おめでとうございます!!」
「わわわわわっ! スゴイスゴイスゴイ♪ おめでとー☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡」
「おめでとう/おめでとうったら/おめでとう/おめおめでとう/おめでとうです!」
「わたしを二度も命がけで救ってくれた幽霊さんは、わたしだけの王子様(*^。^*)」
「もうそろそろ出かけるよ」
夫が呼んでいるのも構わず、モニターを見つめてキーボードを叩き続けていた。
「タ、カ、コ、ノ、ロ、ケ、ハ、カ、ン、ベ、ン、シ、テ、ク、レ、カッコワライ」
作品名:あなたのために死ねない 作家名:しもん