あなたのために死ねない
あなたのために死ねない
「…… よって、被告人を“死刑”に処する」
裁判長の言葉を厳粛に受け止めた。
…… 気持ちは晴れやかだ。なんの後悔もない。
ぼくは、彼女への愛を貫いて死ぬのだ。
ほんとうに、なんの後悔もなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「おかえりなさい!」
玄関先に集まった家族が、総出でぼくを迎え入れた。
父、母、妹、全員そろって笑顔だった。
ぼくはあえてその場に立ち止まって、彼らの次の言葉を待ってみた。
空気はすぐに変わった。
三人とも笑顔は崩さないままだが、明らかに困惑していることが分かった。
ぼくは鼻で笑い、彼らの間を縫って、自分の部屋に向かう。
「…… やっぱり」
背後で父の声がしたので、振り返る。
「やっぱり …… その、“死刑”だったのか?」
ぶっきらぼうに頷くぼくに、父は大げさに何度も頷いた。
「それはたしかに残念だけども …… でも、これでよかったんじゃないか?」
「…… ふざけるな」
ぼくの返答に、家族三人から笑顔が消えた。
家族が“死刑”を宣告されたというのに、なにがよかったというんだ?
ぼくはそのまま部屋に向かい、後ろ手でドアを叩きつけるように閉めた。
部屋の明かりを点けて、ぼくは起動しっぱなしのPCに向かう。
ブラウザを起動。いつものコミュニティサイトにつなぐ。
「こんばんは。そして、さようなら。今日は別れの挨拶にきたよ」
そう打ち込んで、ぼくは腕組みしたままモニターを見つめていた。
レスポンスはすぐにきた。
「こんばんわ〜幽霊さん♪」
そう書きこんできたのは枝豆さん。彼女はこのコミュニティサイトで最初に知り合った友達だった。いつ書き込みをしても、すぐに返事がくる。24時間PCの前に待機してるんじゃないかと思うほどだ。
ちなみに、幽霊さんとは、このサイトでのぼくの名前だ。
「お別れ、ってことは、やっぱり死刑が決まったの? そんなのヒドイよ(/_;) 」
「今まで本当にありがとう枝豆さん。きみがいてくれて、ぼくの人生はとても幸せだったよ(笑)」
そう書きこんだ直後、最後の“(笑)”に後悔した。
…… 最期ぐらい、真面目に振舞えばよかったかな。
「口惜しさ/隠して祝う/名誉の死」
突然割り込んできたのは、イデさん。彼はいつも七五調で話す変わり者だ。
「イデさん、辞世の句をありがとう。これからもお元気で。人生楽しんでください」
「本当に残念です。でもわたしは、幽霊くんを心の底から誇りに思っています」
大森さんが登場。彼は本名のままこのサイトに来ている。
この人には本当にお世話になった。
「…… 肝心のタカコさん、今日はまだ来てないみたいだけど(-_-;)」
「合わす顔/ないと思って/いるのなら/勘違いだよ/早く出て来て」
「タカコさんだって、絶対幽霊さんに逢いたいはずだよ(>_<)」
「彼女、ここ数日仕事が忙しいみたいだからね。もう少し待ってみよう」
…… タカコ、早く来てくれ。
最後に一言だけ伝えたい。誰に見られてもいい覚悟も決めてきたんだ。
「エラーが発生しました」
エラーが発生しました、というメッセージが画面に表示された直後、コミュニティサイトにアクセスできなくなった。
ブラウザを再起動する。
もう一度、コミュニティサイトにアクセスする。
「エラーが発生しました」
やはり先程と同様、エラーメッセージが出てサイトにアクセスできない。
2ちゃんねるにアクセスしてみた。エラーが発生しました
ツイッターにアクセスしてみた。エラーが発生しました
…… ぼくは大きく深呼吸をした。そして、目を閉じて、キーボードを打つ。
サ、ヨ、ウ、ナ、ラ
打った文字は、どこにも届かなかった。
“死刑”は滞りなく執行された。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
新しいインターネット法が定められて五年が経つ。
インターネットによる犯罪は、場合によっては、“死”をもって償うこととなる。
インターネット上の死 …… すなわち、Webでの人格を破棄されるということだ。
“死刑”に処された者は、Webへのあらゆるアップロードが不可能となる。
Web上に無数にあるサイト、その全てが閲覧しかできなくなってしまう。
情報の受信はこれまで通りだが、こちらからの情報発信は一切許されない。
ブログや掲示板に至っては、サイトへのアクセスさえも封じられる。
ぼくは死んだ。
Web上において、ぼくは本当に“幽霊”になってしまったのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
死刑が執行されてから3か月の間、ぼくは今までと変わらず、ひきこもり生活を続けていた。
シャワートイレ以外は部屋から一歩も出ず、ただ、ゲームと動画に没頭していた。
ゲームはもちろんスタンドアローンでプレイできるゲームに限られる。ネットゲームは、ログインどころか起動さえできない。
動画サイトも視聴のみ。コメントを書き込もうとすればエラーが発生する。
この3か月は、ぼくにとって“抵抗”の季節だったと振り返る。
家族に対して抵抗していた訳ではない。抵抗していたのは、自分自身に対してだ。
…… ぼくがひきこもり生活を始めたのは3年前。理由は言いたくない。
ドア越しでぼくを説得しようとする家族に対して、ぼくは壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返していた。
“もう他人とは関わりたくない”
「他人と関わりたくないのなら、なぜこんなところにいるの?」
あるコミュニティサイトに登録してから数日後、ぼくにこんな言葉を投げかけてくる人がいた。
それが大森さんだった。彼のプロフィールを確認したところ、一流企業に勤めていて結婚して子供もいるらしい。ようするに、自分とは正反対のタイプの人だった。
「他人と関わりたくない、というのは現実の人間関係のことです。変なしがらみや利害関係もない、こういう純粋なコミュニケーションは別物です」
「変なしがらみというやつは、ここでだってあるよ。あなたはここへ来てまだ日が浅いから知らないだけだと思うけど。それに、現実世界の人間関係だって、すべてが利害で結ばれてる訳じゃないだろう?」
「一体なんなんですか? ぼくが気に入らないなら、無視してもらって結構ですよ」
「我々を馬鹿にするような発言はやめてほしいだけだよ」
「ぼくがいつ馬鹿にしたというんですか?」
「現実もWebも同じ、それぞれがひとつの世界だよ。同時に並列で存在する世界。現代人であるわたしたちは皆、この2つの世界を行き来して生活してる。あなたは今“純粋なコミュニケーション”などと言ったけれど、わたしには“人間とは付き合えないけどここの連中となら楽に付き合っていけるだろう”と言っているように聞こえる。我々だって、あなたと同じ人間だ。べつにあなたを癒すためのペットではない」
「そんなこと一言も言ってないでしょう」
「…… よって、被告人を“死刑”に処する」
裁判長の言葉を厳粛に受け止めた。
…… 気持ちは晴れやかだ。なんの後悔もない。
ぼくは、彼女への愛を貫いて死ぬのだ。
ほんとうに、なんの後悔もなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「おかえりなさい!」
玄関先に集まった家族が、総出でぼくを迎え入れた。
父、母、妹、全員そろって笑顔だった。
ぼくはあえてその場に立ち止まって、彼らの次の言葉を待ってみた。
空気はすぐに変わった。
三人とも笑顔は崩さないままだが、明らかに困惑していることが分かった。
ぼくは鼻で笑い、彼らの間を縫って、自分の部屋に向かう。
「…… やっぱり」
背後で父の声がしたので、振り返る。
「やっぱり …… その、“死刑”だったのか?」
ぶっきらぼうに頷くぼくに、父は大げさに何度も頷いた。
「それはたしかに残念だけども …… でも、これでよかったんじゃないか?」
「…… ふざけるな」
ぼくの返答に、家族三人から笑顔が消えた。
家族が“死刑”を宣告されたというのに、なにがよかったというんだ?
ぼくはそのまま部屋に向かい、後ろ手でドアを叩きつけるように閉めた。
部屋の明かりを点けて、ぼくは起動しっぱなしのPCに向かう。
ブラウザを起動。いつものコミュニティサイトにつなぐ。
「こんばんは。そして、さようなら。今日は別れの挨拶にきたよ」
そう打ち込んで、ぼくは腕組みしたままモニターを見つめていた。
レスポンスはすぐにきた。
「こんばんわ〜幽霊さん♪」
そう書きこんできたのは枝豆さん。彼女はこのコミュニティサイトで最初に知り合った友達だった。いつ書き込みをしても、すぐに返事がくる。24時間PCの前に待機してるんじゃないかと思うほどだ。
ちなみに、幽霊さんとは、このサイトでのぼくの名前だ。
「お別れ、ってことは、やっぱり死刑が決まったの? そんなのヒドイよ(/_;) 」
「今まで本当にありがとう枝豆さん。きみがいてくれて、ぼくの人生はとても幸せだったよ(笑)」
そう書きこんだ直後、最後の“(笑)”に後悔した。
…… 最期ぐらい、真面目に振舞えばよかったかな。
「口惜しさ/隠して祝う/名誉の死」
突然割り込んできたのは、イデさん。彼はいつも七五調で話す変わり者だ。
「イデさん、辞世の句をありがとう。これからもお元気で。人生楽しんでください」
「本当に残念です。でもわたしは、幽霊くんを心の底から誇りに思っています」
大森さんが登場。彼は本名のままこのサイトに来ている。
この人には本当にお世話になった。
「…… 肝心のタカコさん、今日はまだ来てないみたいだけど(-_-;)」
「合わす顔/ないと思って/いるのなら/勘違いだよ/早く出て来て」
「タカコさんだって、絶対幽霊さんに逢いたいはずだよ(>_<)」
「彼女、ここ数日仕事が忙しいみたいだからね。もう少し待ってみよう」
…… タカコ、早く来てくれ。
最後に一言だけ伝えたい。誰に見られてもいい覚悟も決めてきたんだ。
「エラーが発生しました」
エラーが発生しました、というメッセージが画面に表示された直後、コミュニティサイトにアクセスできなくなった。
ブラウザを再起動する。
もう一度、コミュニティサイトにアクセスする。
「エラーが発生しました」
やはり先程と同様、エラーメッセージが出てサイトにアクセスできない。
2ちゃんねるにアクセスしてみた。エラーが発生しました
ツイッターにアクセスしてみた。エラーが発生しました
…… ぼくは大きく深呼吸をした。そして、目を閉じて、キーボードを打つ。
サ、ヨ、ウ、ナ、ラ
打った文字は、どこにも届かなかった。
“死刑”は滞りなく執行された。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
新しいインターネット法が定められて五年が経つ。
インターネットによる犯罪は、場合によっては、“死”をもって償うこととなる。
インターネット上の死 …… すなわち、Webでの人格を破棄されるということだ。
“死刑”に処された者は、Webへのあらゆるアップロードが不可能となる。
Web上に無数にあるサイト、その全てが閲覧しかできなくなってしまう。
情報の受信はこれまで通りだが、こちらからの情報発信は一切許されない。
ブログや掲示板に至っては、サイトへのアクセスさえも封じられる。
ぼくは死んだ。
Web上において、ぼくは本当に“幽霊”になってしまったのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
死刑が執行されてから3か月の間、ぼくは今までと変わらず、ひきこもり生活を続けていた。
シャワートイレ以外は部屋から一歩も出ず、ただ、ゲームと動画に没頭していた。
ゲームはもちろんスタンドアローンでプレイできるゲームに限られる。ネットゲームは、ログインどころか起動さえできない。
動画サイトも視聴のみ。コメントを書き込もうとすればエラーが発生する。
この3か月は、ぼくにとって“抵抗”の季節だったと振り返る。
家族に対して抵抗していた訳ではない。抵抗していたのは、自分自身に対してだ。
…… ぼくがひきこもり生活を始めたのは3年前。理由は言いたくない。
ドア越しでぼくを説得しようとする家族に対して、ぼくは壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返していた。
“もう他人とは関わりたくない”
「他人と関わりたくないのなら、なぜこんなところにいるの?」
あるコミュニティサイトに登録してから数日後、ぼくにこんな言葉を投げかけてくる人がいた。
それが大森さんだった。彼のプロフィールを確認したところ、一流企業に勤めていて結婚して子供もいるらしい。ようするに、自分とは正反対のタイプの人だった。
「他人と関わりたくない、というのは現実の人間関係のことです。変なしがらみや利害関係もない、こういう純粋なコミュニケーションは別物です」
「変なしがらみというやつは、ここでだってあるよ。あなたはここへ来てまだ日が浅いから知らないだけだと思うけど。それに、現実世界の人間関係だって、すべてが利害で結ばれてる訳じゃないだろう?」
「一体なんなんですか? ぼくが気に入らないなら、無視してもらって結構ですよ」
「我々を馬鹿にするような発言はやめてほしいだけだよ」
「ぼくがいつ馬鹿にしたというんですか?」
「現実もWebも同じ、それぞれがひとつの世界だよ。同時に並列で存在する世界。現代人であるわたしたちは皆、この2つの世界を行き来して生活してる。あなたは今“純粋なコミュニケーション”などと言ったけれど、わたしには“人間とは付き合えないけどここの連中となら楽に付き合っていけるだろう”と言っているように聞こえる。我々だって、あなたと同じ人間だ。べつにあなたを癒すためのペットではない」
「そんなこと一言も言ってないでしょう」
作品名:あなたのために死ねない 作家名:しもん