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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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一夜の森──ひとよのもり──

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つるべ落としがすとんと落ちて、あたりがほの暗くなった秋のある日。
ぼくは森の入口に立つと、ふうっと大きく息をして、いま来た方をふり返りました。
 夕やみに包まれた街は、色とりどりの街灯が星くずをちりばめたようにまたたき、向こうの山のきわは、わずかに残った夕焼けでオレンジ色に縁取られています。
 ぼくはぼんやりとそれをながめてから、口の中でさよならを言うと、森に入りました。

 森の奥はいっそう暗く、細い道がほんの少し白っぽく浮き上がって見えるばかりです。
 普通ならこんな時間に、好きこのんで森に来る人なんかいないでしょう。
 もちろんぼく自身、つい3日前までは思いつきもしなかったことです。
 もしだれかが、この時のぼくの姿を見たら、きっとまともな人間とは思わなかったでしょう。頬はこけて青ざめていましたから。

「おや、若い人。こんな時分にめずらしいね」
 低く、張りのある太い声が、突然ぼくの耳に聞こえました。
 正直のところぼくはぎょっとして、ブルブルッとからだがふるえました。でも、妖怪とか化け物とか、非科学的なものは信じないたちのぼくは、ただの空耳だと思って無視したのです。
 すると、声の主はぴったり同じ速さでぼくについてくるではありませんか。そして、
「まあ、急ぐなって。よかったらわたしにつきあわないか?」
と、ぼくの肩をつかんだのです。たまらずぼくは大声を上げました。
「う、うわあ」
「おっと、これは失礼。おどかす気はないんだよ。この先にコーヒーのおいしい喫茶店があるから、誘ってみたんだ」
 ずいぶんあやしい話です。だって、今頃こんな森の中に人がいて、しかもこの奥に喫茶店があるなんて。
 でも、ぼくはいっしょに行くことにしました。もし、この人が脱獄犯とか逃走中の殺人犯だとしたら……? 
 もちろん疑いました。けれど、その方が都合がいいと、ぼくは思ったのです。

 ところがその店は本当にありました。
 ちりりん。
 ドアを開けると、かわいらしい鈴の音がしました。迎えてくれたお店のママさんは、モスグリーン色のドレスが似合う、中年のほっそりした美人です。
「いらっしゃい、クロキさん。あら、お友だち?」
「ええ、たった今知り合った、ね。そうだ、君の名前は?」
「あ、あの、イタヤです。イタヤハジメ」
 クロキさんは大きくがっしりしていて、まるでクマのような人です。
「ママさん、いつものを。君は何にする? コーヒーでいいかい?」
 口ごもっているぼくの顔をのぞき込んだママさんは、にこっと笑って言いました。
「バラのお茶はいかが? 元気が出るわ」
 ピンク色のお茶が運ばれてきました。中にはバラのつぼみが丸ごとひとつ入っています。
「花びらが開いたら飲んでくださいね」
 お店の中はランプのあかりで暖かく落ち着いた雰囲気です。バラの甘い香りがとてもよくあいました。
 そのお茶は不思議な味でした。まずくはないけれどおいしくもない。
 でも、暗闇の中にぽっと小さなあかりがともったような、そんな気持ちにさせてくれたのです。
 クロキさんはコーヒーです。一口飲むと、
「うーん、やっぱり山のわき水で入れた、タンポポのコーヒーは最高だね」
と、バリトンの声で歌うように言ったので、ぼくは驚きました。
「タンポポのコーヒー? それにわき水なんて。消毒は?」
 すると、クロキさんとママさんはおなかを抱えて笑いました。
「君は面白いことを言うねえ。消毒なんて。薬を使う方がよっぽど体に毒だよ」
 クロキさんはしばらく笑い続けました。

 ちりりん。
「まあ、いらっしゃい。タナカさんとツネモトさん」
 サラリーマンふうの男の人がふたり入ってきました。タナカさんは丸い感じ、ツネモトさんの方はやせていて、なんだかぼくにはタヌキとキツネのコンビのように見えます。
「こんばんは。ママさん、クロキさん。おや、そちらの方は?」
 ツネモトさんがぼくを見ました。
「新しいお客さん。クロキさんのお友だちよ」
「イタヤです。よろしく」
と、ぼくが自己紹介すると、タナカさんが、
「ほう、イタチくんか」
と言ったので、ぼくはむきになりました。
「イ、イタヤです!」
「そういえば、イタチに似ていなくもないな」
 クロキさんがにやにやしています。ぼくは目をそらして、ずずっとお茶をすすりました。

 そのあとも軽やかな鈴の音とともに、次々とお客さんがやってきて、お店はたちまち満席になりました。
 みんな常連のようですが、聞いたこともない飲み物や料理を注文するので、ぼくは葉っぱの形をしたメニューを見てみました。
(どんぐり粉のパンケーキ。冬イチゴのタルト。アケビのステーキだって?)
 夜の警備員だというフクロダさんは、目が疲れたからといって菊の花のお茶を注文しました。子供が寝たので一休みに来たという主婦のオノさんはきれいな赤い色をしたガマズミのソーダ水を飲んでいます。
 赤ら顔のトオヤマさんがほおばっているのは、スベリヒユと柿の葉の天ぷらです。ぼくは真面目に聞いてみました。
「ここは自然食のお店ですか?」
 たちまち店中にどっと笑いが起こりました。
「いや、お若いの。食べ物ってのはみんな自然からの恵みに決まっとるじゃろ。ここのはみな、この森でとれたものじゃよ」
と言ったのは、一番年長らしい白ひげのノロさんです。
「自然食というなら、不自然食というのはどんなもんですかな」
 トオヤマさんのことばに、レトルトやインスタント食品ばかり食べていたぼくは、恥ずかしくなりました。
「でもねえ、実際、本物を食べる人は少なくなりましたよ」
 小柄なアカメさん夫婦がため息をつきました。
「果物や野菜を市場に売りに行くと、土が付いてるからいやだと言う人が多くて」
「なんとふとどきな。土にはたくさんの栄養があるのに!」
と、テーブルを叩いたのはブルドーザーの運転手のイノさんです。すると、シマさんというおばあさんがおだやかに言いました。
「そうですとも。土は大切です。枯れ葉や動物の排泄物が肥料になって、雨がうるおいを与えてくれるから、植物は育つんですよ」
 それに続けてフクロダさんが言いました。
「とくに森が豊かなほど、川も海もきれいにして、魚も育てるんだ」
「え? 森が魚を育てる?」
 ぼくがびっくりしていると、今度はクロキさんが言ったのです。
「そう。降った雨が一度に川や海に流れないように、森の木々が根でしっかり土を抱いてがけ崩れをくい止めているんだ。そうでないと、土砂で水が汚れるだろ? 汚れたところに生きものは育たない。だから、森がなくなると、海も死んでしまうんだ」

 ぼくは少しも知りませんでした。というより、聞いたことはあっても興味がないので覚えていなかったのです。
 今までぼくは、みんなよりいい学校に行って、高い給料をもらえる仕事につくことばかりに熱心でしたから。
 しかもぼくが住んでいるのは山をくずし、木を切り倒して土を掘り返したところに建てた大きなコンクリートの固まりです。
 みんなは声を揃えて力強く言いました。
「森は命の源なんですよ!」
「命のみなもと……」
 ぼくがつぶやくと、ノロさんが、