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早稲田文芸会
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二番ホームから電車が発車いたします(かわの)

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夜は水色かなしみの色、朝は桃色いとしさの色、彼女はひたすらすり足で、道は黒色むなしさの色、コンクリートは知らない振りで、電柱はそびえるろうそく、すれ違う人はみなジャージ、開けた場所はただ野原、草は青色せつなさの色、風は撫でる慈しみを、揺れるものは想い、見上げる空は水飴、落ちるブルーベリーはかじった氷の味で、見下げる地は人の肉、足音はたゆたう悲鳴、ただ、舞う、言葉はナイフ、光る銀色いのちの色、流れる赤はすべての代替、そう、誰かの代わり、彼女は振り向く、四角い足跡、なびく黒髪ひかりの軌跡を、紅色のすきまから零れる、「そうね、わたしは白い恋人が好きだわ。正確に言うとあの工場で働く人が好き。あんな人になりたいの」。みたいな夢を見た。
という事実が千曲に与える影響は大きいものではないというかむしろほとんどない。現在彼に最も影響を与えているのは今季で引退するとある日本のスポーツ選手のことだった。まあもう年齢も年齢だし仕方ねぇのかな、と自分を納得させることにことごとく失敗していた。そのため彼の心は波立ち名前を「せんきょく」と呼んだ教授を基礎講義クラス二十八名の前で十五回殴り八発蹴って歯を五本折り右腕に全治三ヶ月の怪我を負わせた。「いやぁまじ格好良かったしちっきー、たーっと行ってばきばきってやって気が付いたら教授が鼻から口からマーライオンみたいに血ぃ吐いてるんだもん、まじびびったー、ちっきーってあれ、顔超可愛いのにやばいよねキレてるよねまじやべぇ(笑)」と後々にクラスの糞ビッチに言われたので千曲はその女を犯した後ガムテープで両手両足を拘束し目と口と耳を塞いだ後通りすがった公園の公衆トイレに放置した。トイレから出た後の夜空は寒々しく重く星は申し訳程度に輝いていて高校時代に経験した世界との距離を感じた瞬間というものを思い出した。それは賞味期限が五日過ぎたヨーグルトの蓋を開くような感覚で吐き気を催したことを彼は覚えている。それからその糞ビッチがどうなったかは知らない。それ以降クラスの人間に会っていないし、そのことに関して興味もないからだ。繰り返すが彼はある選手の引退のことで精一杯なのである。ちなみに彼の名前は「ちくま」と読む。この話をすると大体の人が「ふぅん珍しい名前、逆に覚えやすいよね、いいなーわたしの名前平凡だから羨ましー」という反応を返すので彼は中学三年生以降自分から名乗るのをやめている。だから読み間違いをされるのだが一向に直そうとはしない。
吐く息は白く空気中に浮かんでは霧となり立ち消えていくがしかし自分の吐く息は分解されず塵となり今まで歩んだ足跡に積もっているような気がする。千曲はそう思った。ニット帽に耳当てにマフラーに手袋と防寒対策を限界までしても寒いものは寒かった。行き交う人々も同様に身を縮ませて何かに怯えているように歩いていく。ふとクリスピー・クリーム・ドーナツのグレーズド・何とかというドーナツが食べたくなった。名前は忘れたが当時よく遊んでいた女が昔食べさせてくれたのだった。「ちっくんこれ、すっごく美味しいんだよ、もういっつもこのお店並んでて、でもちっくん甘い物好きだから、あたし頑張って並んだんだよ、えへへ」。その女はそれから二年後ぐらいに死んだ。その頃ニュースで「○○さんはどう思われますか」という台詞を聞く頻度ぐらいによく耳にした連続女子高校生殺人事件の犯人によって殺された。彼女の首は東京湾に浮かんでいた。眼球はカモメに掘り出され唇は変色し鼻からは緑色の液体を垂らしていたという。その事件の犯人はまだ捕まっていない。千曲はシャッターの閉まった古本屋の前で地べたに座っていた女に声を掛けた。女は抜け目なくアイメイクをし眉毛を整え肌に粉を塗り赤く口紅を引いていたがそれでも年齢を感じさせてしまう佇まいであった。恐らく三十代中盤から後半だろうと彼は踏んだ。「あのぅお姉さんちょっといいですかぁ」。女は一心不乱に操作していた携帯電話から顔を上げた。不審と不快と不可解を混ぜてそこに好奇をちょっと足したような表情をしていた。「あのですねぇ、ぼく、お腹が空いてるんですよ。もしよかったらドーナツ食べさせてくれないかなぁ、なんて」「は? 何それ? どういうこと? 私にあんたを買えって言ってるの?」「まぁそうなりますかねぇ」「ドーナツが食べたいの?」「そうなんですよねぇ、とっても」「ふぅん。あんた、何歳?」「じゅう……はち。十八になります」「へえ。可愛い顔してるわね、あんた、そう、動物みたい、あれに似てるわ、あれ、フェレットみたいな、あれよ」。相変わらずドーナツは美味しかった。ぎとぎとに塗られた透明な砂糖がかかったこの時代珍しくカロリーを遠慮しない甘さのドーナツだった。一個食べきるのにコーヒーを三杯飲んだ。もう当分食べなくていいなと彼は思った。