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早稲田文芸会
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夜明け前(奥貫佑麻)

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聞こえてきたのは初めて耳にする男の声だった。カン高くてホモっぽい。たしかにヤエコの電話から着信があったはずなのに、なんでホモが出てくるのか。
「どちら様ですか?」
「オマエが能登ね。ムカつく声してんなーおい」
ムカつく声はテメーだ。「だから誰だ? って」
「あ? シラ切んの? っともマジで分かんねーの?」
「ヤエコ出せよ。ヤエコの彼氏だよおれは。お前ひとのケータイパクったんかコラ」
「ヤエコの彼氏はオレだっつのボケ!」
え? ヤエコの彼氏はおれでしょ? でもおれは何も言い返せなかった。相手の男の声が大きすぎて耳が痛くなっていたし、思いもしない言葉でどうすればいいのか分からなかったし、それにまたションベンの波がやってきたし。おれが黙っているのをいいことに男は早口でまくしたててきた。いつからヤエコと会っているのか、どこまでやったのか、ヤエコのことをどうするつもりなのか、オレ(男自身)を知っていてヤエコと会っていたのか、などなど。別に素直に答えるわけもなく、この男はおれの手錠を外してくれなさそうだったから、話はあとにして警察に助けを求めるのがいちばんだと思った。そうしてケータイを耳から話そうとしたとき、電話の向こうでヤエコの声が聞こえた気がした。慌てて集中すると、
「もういいでしょセイちゃん、冷静に話すっていうからケータイ貸したんだよ~」
とヤエコがスネた感じで文句を垂れていた。ヤエコと男(セイちゃん)は一緒にいるのだ。
「うるっせーんだよこの浮気女! 黙ってろ!」
と男(セイちゃん)が怒鳴るとジャラジャラ音がするのは、ヤエコのケータイにぶら下がるストラップらしかった。男は本当にヤエコのケータイから電話をかけている。

――セイちゃんの話によると、おれはどうもヤエコの彼氏ではなかった。浮気相手、というよりは二股みたいなもので、どっちも、もう一方の彼氏のことは知らなかったのだ。ん? ということは、ある意味ではおれもセイちゃんも両方ヤエコの彼氏だといえる。付き合いもほとんどバランスが取れていて、本命/キープの差は特になかった。どちらかといえば、セイちゃんの方が恋人らしいイベントの相手になりやすく(クリスマスとか、バレンタインデーとか。おれにはバイトだって言ってたろーよ)、おれの方がヤエコの変態的なプレイの相手になりやすかった。
ヤエコがセイちゃんと出会ったのはおれと知り合う三か月前で、付き合いが始まるのも二カ月半は早かった。サークルの後期新歓コンパにやってきたヤエコに、セイちゃんが一目ぼれした感じだった。それから何回がデートに誘って付き合う流れになったが、一か月くらい経ったころちょっとしたケンカをこじらせてしまい、そのときヤエコはおれに目が止まったらしい(あー、やっぱおれの方が浮気相手、あるいはキープみたいな扱いだったのね)。二人のケンカは収まったらしいがヤエコはおれとの関係を終わりにするつもりもなく、ただこんな関係がのんびり続けばいいな~とか考えていたわけだ。――
そういう話を聞いておれはなんかもうどうでもよくなってしまった。ヤエコに買った手錠も今じゃほぼ用なしで、ただおれの自由を奪うだけのクソアイテムだった。ションベンの波のせいで力を入れることはできないが、もしできればこんなチェーンも怒りで楽に壊せるんじゃないかと思った。ヤエコに対するムカつきが収まらず、いっぺんシバかないと気が済まない。別に、恋人に裏切られた……とかそういうのではなく、女ひとりにコケにされたというのがガマンの限界だった。その意味じゃ特にセイちゃんへの感情はもうないが、ホモ声がウザいからビンタならすると思う。
「じゃあ」とおれは言った。ヤエコにブチ切れるのはあと回しにして、まずはこの手錠を外してトイレに駆け込むことに専念したい。「その話はまた、明日にでも――」
「なわけねーだろカス! 脳ミソ足りてんのか!」
「へえぇ?」
「オレのヤエコ盗っといてよー、なに能天気に喋ってんだ! ぶっ殺すぞ!」
テンションが冗談じゃない雰囲気で、思わず背中の鳥肌がシャツを浮き立たせるみたいだった。このセイちゃんはクソビッチヤエコだけではなく、おれの方まで憎んでいる! おれが何したっていうんだ! ただヤエコとたくさんセックスしただけなのに、責められる謂われはどこにもねーぞ!
「何も知らなかったんだよ、おれは、マジで。知ってたらヤってねーよ、たぶん」
「関係ねーわ、そんなん」
「えー? 悪いのはヤエコだろー? あ、じゃあさ、なんだったら二人でヤエコまわそうって。そういう方が楽しいじゃん、ヤエコもウハウハでしょ? 便女的にさあ。おーいヤエコ、聞いてる? そこいるんだろ。お前もそれでいくねー?」
「淫乱みたいに言ってんな、コラ! ヤエコのこと! ヤエコは淫乱なんかじゃねーんだよチンカス!」
お前だってさっき浮気女って呼んでたろうが。心臓がバクバクして頭が熱くなっている。手の指は血で膨らみまくってすぐにでもパンと破裂しそうだ。さっさと通話をやめればよかったが、その前に言いたいことは吐き出しておきたかった。
「じゃあどうすんの? あ? どうすりゃお前は満足なわけ? ごめんなさいって謝ればいいんか。テメーの彼女を寝取っちゃってすいませんとか、アホ。あのなー、こっちだって状況は同じなんだよ! 認めたくないかもしれないけど、悪いのはみんなお前の大好きなヤエコちゃんなんだべ? おれを責めるのはお門違いの現実逃避だわバカ。こっちは今、取り込み中なんです。ションベンしたいし! っざけんなよもう」
「殺す」
「ん?」
「ちゃんと謝ったら違ったのになー。そうやってナメたことばっか言ってんなら、オマエ殺すから。今からオマエんち行ってオマエ、ナイフでグサグサ刺すわ。どこにいるのかだって知ってんぞコラ。どこまで逃げたって捕まえて殺すぞ。絶対殺すぞ!」
面倒なことになった。さっさと逃げ出したいのに、手錠は依然として外れない。まさかマジでセイちゃんに殺されるんじゃないか、という考えがよぎった瞬間、体がぐっと重たくなり、ノドがパサパサに渇いてきた。たしかにセイちゃんはおれの住所をヤエコから聞けばいいし、ここへは車を走らせればいい。おれは慌てて叫んだ。
「ま、待てよ、待ってってば。ごめん、ごめんなさい。許してください。おれが悪かったです。ヤエコを無理やり口説いてヤったのはおれです。ヤエコさんに責任は全然ないんです。ヤエコさんはおれにたくさんメールとかしてないし、おれをデートに誘ったりしてないし、突然手をつないできたりしてないし、セックスしようとか言ってきたりしてないです。ホントです。申し訳ありませんでしたー! あ、そうだ、金! 金ならありますよ! いくらがいいっすか師匠!」