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早稲田文芸会
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秘事(堕坊)

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部屋は異臭に包まれていた。
隅では胡座を掻いた男が一人、緑色の柔らかな肉塊を引きちぎっては指先や掌で弄びつつ、化膿した息を吐いている。彼の指先から有史初の創造物が生まれた。それは四つの短足と縮れた尻尾を持ち、二つの羽が付いた巨大な頭からは蚊の様な口吻が生えていた。象だと思い込んでいた創造主は、その出来栄えを見て憤然とした。
象の耳と鼻と四本足とが引き剥がされ、各々蹂躙されながら一個の塊へと変わっていく。抱擁の際それぞれの間に生じた亀裂は融合を経て目立たなくなり、せめぎ合いの末に完全に消滅した。放置された胴体の方は頭を潰されると、かつては己が一部であった肉塊への突撃を敢行した。埋もれた胴体は生暖かいぬくもりとを感じつつも、そこには自分の知っている部位が存在しない事に気付いた。殴打された胴体は抗う事も出来ぬままに肉の洗礼を受け、そのまま自分が何であったのかを忘却していきながら相手と一つになっていった。そしてその場に残ったのは、先程より一回りも二回りも大きくなった塊であった。
創造主はもう一度作業を試みた。今度は塊を両手で押しやり、大地の上でごろごろと転がし、蛇を創った。だが頭が上手く出来なかった。再び主は怒った。
蛇は突如身を捻られると、断末魔の叫びを上げながら竜巻へと変貌し、周囲の団子達を巻き込んで肥大化していった。紙面上を独占したこの災害は全ての被創造物を飲み込むと、徐々に縮れていき、端と端とが喰らい合って、一つの巨大な紐となって世界を結んだ。創造主は黙ってそれを見つめていたが、不意に、両手で自らの口を塞いだ。山岳の彼方に追いやられた茨の地平線から、燻製された汚物と触手が逆流する洞穴から、更には巨大な波動が向かってきて時を合わせ、腐り果てた掌へ裁きの水を吐き出した。飛沫は創造主の手を離れて大地へも降り注ぎ、地表にいた罪人の一人が涙に暮れた。そして創造主は両手を離すと、そこに映った惨劇を目の当たりにして心を痛め、台所へ向かった。

作品名:秘事(堕坊) 作家名:早稲田文芸会