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早稲田文芸会
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ストイコビッチのキックフェイント(笠井りょう)

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これだ。「ビールを」じゃ、ダメなんだ。品というやつがまるでない。わかるかな。「ビールは」と、こう、文末へ向かう最中にあっても余裕を残した助詞づかい。天賦の才の見せどころ。そもそも「あなた」がいなかった、あなた。つまり世界には「ビール」にうってつけの二人称単数名詞というのがあるのです。素人じゃ気づけもしない旬と鮮度を見極められる選ばれた一握りの人たちが、ある日、ある時、ある所で、「きみは、ビールは、」と口にする。そして世界が変わる。たとえばこのあいだチリで起きたマグニチュード9弱の大地震で地球全体の一日の長さが約1.26マイクロ秒短くなってしまったように、彼らがどこかで発した(見た目は)何気ないひと言をきっかけに、世界中の言語は流通量も、流通域も、流通速度も大きく変わり出す。あまりにも激しく大きな変動が至る所で絶え間なく頻発しているから、表面上はまるで何も起きていないように見えるけど、じっさい結果だけみれば出入りは常に±0で不動なんだという理解が民間レベルでなら安全で適切だけど、言語操作技能検定協会会長的な縮尺・解像度での見方で言えば、世界は常に既に永遠に戦争状態にある。勝敗も優劣も差別も存在も時間も場所も対象も目的も対戦相手も定まらない始まりも終わりもない闘い。平静を保つなんてスタンス自体がみみっちい。言語操作技能検定協会会長は、「やっちゃん」は、そんな世界でこれまで八十数年も生き抜いてきたということになる。私たち一般会員も、母さんみたいな有段会員でさえも想像がつかない極限の彼方。進学も、徴兵も、復員も、結婚も、常人には理解不能な圧迫と緊張と興奮の渦中でなんとしても通り過ぎるべき空前絶後の試練だったんだろう。歴戦の勇士だけあって、佇まいがひたすらに美しい。