ストイコビッチのキックフェイント(笠井りょう)
てかぶっちゃけ表現の精度を上げれば上げるほどかえって命中率って下がっちゃうものなんだけど、だからこそ命中時の威力はぐんと増すわけだけど、ふつうは両立し得ない攻撃範囲と命中率と威力とを、どうやって維持してるのか意味がわからない。裏技でも使ってるんじゃないかな。ドーピングしてどうにかなる競技でもないし。私の爺ちゃんの飲み仲間だったやすしさんも彼らの一員だった。「やっちゃんは/言葉が達者な/人だから」とは爺ちゃんの羨み節。七五調で言うとかの工夫なんて要らないはずなのに、なんでもないところで余計な力み方をしちゃう爺ちゃんはやっぱり凡人だ。「やっちゃん」はそんな爺ちゃんの言葉を受けて「やっちゃんは/言葉が達者な/人だから」と応えた。さすがは「やっちゃん」。爺ちゃんとは違って言うことも言い方も言い時も素晴らしい。昭和の終わりのある日、居間で雑談していた爺ちゃんたちの横で箪笥にもたれてうたた寝していた母さんの胎内で思わず溺れてしまいそうになった。自分が彼らではなく爺ちゃんの血族であることを恨んだ。これから待ち受けているのだろう人生の諸問題に思いを馳せたけど、いきなり見せつけられた越えがたい断絶を前に泣いてしまいそうだった。
作品名:ストイコビッチのキックフェイント(笠井りょう) 作家名:早稲田文芸会