王の帰る日
「なんだ、我が宰相殿」
笑って返す娘の言葉に、男は少しだけ顔をゆがめた。
私の陛下と、我が宰相殿。言葉の形は似通っても、こめられた意味は全く違う。
「貴女を玉座に押し上げた事を、悔やんだ事は一度もありません」
「知っているよ」
「貴女の宰相である事が、私の生まれた意味であるのだと――あの日も今も変わらず、心からそう思っています。そしてこれからも、私は貴女の宰相であり続けるでしょう」
この身朽ちるまで永遠に。
愛の告白染みた最後の言葉を飲み込んで微笑めば、女王は眉を下げて笑った。珍しい笑い方だと思った後、いつでも凛々しく冷たい表情を保つようにと教え込んだのは、自分だったと思い出して男も苦笑した。
「私の陛下。私は、いえ、私達はいつまでも貴女の幸福を祈っています」
女王の前へ一歩、二歩と近付く。
拒む事無く見つめてくる娘の前に跪いて、男は揺れる長い髪に口付けた。
「どうか幸せに。私の、最後の女王陛下」
彼が見出し、彼が担ぎ上げ、彼が育てた幼い女王は今この時、彼を置いていく。
遙か遠い世界の果ての更に向こう、彼女が生れ落ちた故郷へ帰っていく。
「……有難う。私もあなたの幸福を祈っているよ、せんせい」
優しい声が俯く男の背中に落ちる。
そして、指先に捕えた銀色がするりと指の合間を抜けた瞬間、男は永遠の喪失を知った。