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王の帰る日

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八重の花弁を連ねた花のように、複雑に美しく結い上げられた銀髪がさらりと揺れる。八重の銀花の中心からは、あれだけ大仰に結い上げてもまだ余る髪が龍の尾のように垂れていた。
 彼にとっては見慣れた姿だ。
 煌びやかな装飾品や華やかな衣を厭う主が、唯一身に施す事を許したのがこの結い髪であり、今やこの髪は彼女の象徴のひとつにすらなっている感があった。

「陛下のこのお姿も今日で見納めになると思うと、寂しいものがありますね」

 先を行く背中に向けて囁けば、笑い声と共に「心にも無い事を」とにべもない答えが返される。
 主は、振り返らない。
 長い銀の髪を背に流し、ぴんと背を伸ばして、迷いなく澱みもなく、いつも通りの足取りで歩いていく。

「陛下――」
「なんだ」
「本当にお戻りになるのですか」
「最初からそういう『約束』だっただろう。忘れたのか」

 私は約束を破らないよ。
 年の割に低く涼やかな声で『女王』は笑う。

「もうこの国にも、この世界にも、私は必要ない。いれば便利かもしれんが、いる必要は無い。あと何度説明したら納得してくれるのかね、この駄々っ子は」
「……お言葉ですが陛下、私は数えで29です」
「おや、ちゃんと自分の年を覚えていたんだな。じゃあ29にもなる良い大人が駄々を捏ねるな」
「陛下」

 咎めるような声色を向けても、先を行く狭い背は振り返らない。
 分かっていながら口にせずにはいられなかった。そう、確かにこれは彼女の言う通り、ただのわがままに過ぎないのだから。

作品名:王の帰る日 作家名:穴倉兎