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遠くて近い、狭くて広い家

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寂しそうにその場で立ち止まる紗英に、もう一人の紗英が胸を張る。
「人は住みたいところに住むべきよ、少なくとも十年で私はそれだけは確信みたいに正しいことだって感じた。ここにいたいと思わなければ、何処にも居場所はないのよ」
揺るがずに紗英は応えた。
「ありがとう、自分にそう言って貰うと何だか、何処にでも行ける気がする」
満足しきった表情。
「何処かに行くの?」
「ここは私の時間じゃない」
唐突に、さっきまで続くと思っていた時間に終わりがやって来ていた。
「さっきの事だったら気にしないでよ、別に一人くらい増えたって、ヤス君だって・・・・・・」
「私は十年前の妹島紗英だよ」
紗英の言葉を止めて、強い口調で決断した。
遠くを旅する為に好奇心に満ちた瞳を始めて見た。自分が昔こんな真剣な目をしていたのだろうか?
信じられないくらい強い意志で遠くへ向かおうとしている。それは、逃げるのではなく自分自身の力で遠くへ行こうとしているからだろうか?
「行ってしまうのね」
寂しそうに二五歳の紗英は一五歳の紗英の肩を抱いた。小さい肩に、大きめの制服が懐かしかった。
「ねえお願いがあるの」
もう一度私にこの家を見せてと手を繋ぎながら二人は歩いた。
「なんだか、お母さんと歩いているみたい」
「そこまで歳を取ってない」
二人はそれ以上の会話を交わさなかった。 二人で歩く姿は母と娘、姉妹、色々な絆があるがどれにも当てはまらない。
「ここで良いよ」
何時もの鉄橋まで辿り着くと、制服姿の紗英が引き留めた。歩道の部分、橋の真ん中で二人の紗英は立ち止まった。相変わらず交通量は少なく、誰とも会わなかった。
「私の家だ」
「そうだね」
始めて振り返って一五歳の紗英は宝物を見せびらかすように、握った手の反対で自分の家を示した。
「大事にしようね」
「大事にしよう・・・・・・」
一五歳の紗英はハッキリと、二五歳の紗英は少し掠れた声で応えた。
さよならも言わず、あっさりと一五歳の紗英は消えていった。
橋の上から何も残さず、多くも少なくもない水流にはなにも映らず、時々新緑の影と、何処からか飛んできた桜の花びらが儚げな模様を作っていた。
鉄橋の上、顔は笑っているのに紗英の瞳からは涙がこぼれた。
歳を取ると涙もろくなるのはきっと身体に満たされているモノが多いからなのだ。