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フランケンシュタイン

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「これがおれ?」
 あまりにも小さい独白だったが、サルは耳ざとく聞きつけた。見事な筋肉に覆われた胸を、得意げに逸らした。
「どうよ、あたしのテクニックは」
「すごい」
 鏡に顔を近づけ、しみじみ頷く。世にも醜い顔が、そこにはあった。
 歪んだ顎をそっと撫でる。頬は浮腫み、眉は薄い。一重の瞼は重たげに垂れ、小鼻は膨張している。正視に耐えないひどい顔だ。
「ブスをきれいに誤魔化すのは得意だけれど、きれいなものを不細工にするのは、あんまり好きじゃないね」
 おれの背後から鏡を覗きながら、サルも顔をしかめている。
「上出来だよ」
「お役に立てたかしら」
「もちろん」
「なら、今度、1発やらせろよ」
 サルの太い腕が、首に絡む。
「茅野Pにはただでやらせてんだろうが」
「わかったよ。この顔のまんまでいいならね」
「意地悪ね、もう」
 サルはおねえ言葉に戻して、ふてくされた顔をつくった。マッチョのゲイ。テレビ局を自由に行き来して、いい顔をしているが、ハリウッド仕込みの特殊メイクの技術がなければ、だれにも相手にされない。
「どう? 不細工の気持ちは」
「悪くないね」
「厭味な男」
 唇を歪めて笑う。おれがサルを軽蔑しているように、サルも内心ではおれのことを、顔だけの能なし俳優だと思っているだろう。
 べつにかまいはしない。演技の才能がないのは、自分でも承知のうえだ。ドイツ人の血が混じった端整な顔立ちがなければ、ちやほやされることはない。
 若手俳優として、テレビドラマやCMに顔を出せるのも、プロデューサーの茅野との密な関係のおかげだ。
 自分の売りものを、うまく使っているだけ。罪悪感など、感じる必要はなかった。
 メイク室の端にセットされたテーブルの上で、携帯電話が震えた。ぼさぼさのおれのヘア・ピースを指先でいじくりながら、サルは短いやりとりを交わした。電話を切るなり、舌を打った。
「茅野ちゃんから、呼び出し」
「『生クラ』の撮影?」
「そう。こき使われんの」
 サルは小首を傾げてみせた。
「でも、あそこのAD、けっこうタイプなんだよね」
 記憶を探る。顔をしかめる。
「おれ、嫌い。愛想ないんだもん」
「そこがいいんじゃない」
 おれは肩を竦めた。たしか、小沢とかいったか。生意気なアルバイトだ。使い走りのくせに、おれのことを心底馬鹿にした目で見やがる。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ。戻ったら、メイク落としてあげるから」
 親指と人差し指で了解と合図する。顔にこびりついたゴムのせいで、言葉を発するのも煩わしかった。
 大きく伸びをする。自然に、欠伸が出た。
 茅野のおかげで、ここのところ仕事には不自由していない。ろくに睡眠もとれず、くたびれきっていた。
 ソファに寝転がり、数分とたたないうちに眠りに落ちた。

 肩を揺すられて、目が覚めた。顔なじみのスタッフが、おれを見下ろしていた。
「なんだよ、気持ちよく寝てんのによ」
 手を振り払おうとしたが、今度は強く服をつかまれた。
「なにすんだよ」
「なにすんだじゃない」
 スタッフの声は冷ややかだった。
「どこからもぐりこんできたか知らないけど、ここは関係者以外出入り禁止だ。さっさと出て行ってくれ」
 耳を疑った。無理矢理起こされそうになり、慌てて抗った。
「触るな。おれがだれだか、わかってんのか」
「さあね。とにかく、ここはこれから俳優の三島慶介くんが使うことになっているんだ。邪魔だから、どこかに消えてくれ」
「おれがその三島慶介だよ!」
 スタッフは眉間に皺を刻んだ。不快感を隠そうともしない。
「冗談にもほどがある。いい加減にしないと、警備員を呼ぶぞ」
「いいぜ。呼べよ!」
 叫んでから、ようやく気がついた。特殊メイクをしたままである。
 スタッフがインカムに向かって低く囁いている。警戒の視線をおれから外すことはない。嫌悪感をむき出しにしている。怒鳴りつけてやりたいのを、なんとかこらえた。
 どちらにせよ、だれかがきておれが三島であると証明してくれれば、この無礼なスタッフも、青くなって土下座することになる。
 苛々しながら待っていると、警備員と数人の社員が入ってきた。スタッフが素早く耳打ちする。
「どうも。三島くんのお友達ですとか」
 いかにも管理職といった感じの社員が、如才ない笑みを浮かべて近寄ってきた。
「友達じゃない。おれが三島なんだよ」
「落ち着いて。三島くんに会いたいなら、あとで握手ぐらいさせてあげます。今は我慢してください。わたしたちとしても、手荒なことはしたくないんです」
 社員のうしろで、女性スタッフが不安そうにこちらを向いている。にらみつけると、喉の奥で声を上げた。
 いつの間にか、部屋の外にも野次馬ができていた。おれに気づく者はいない。気の狂ったファンが押し入ってきたと思い込んでいる。
 ひどく惨めな気分。生まれてこのかた、こんな思いをしたことはなかった。
「いいか、おまえら。こんなことをして、ただで済むと思うなよ」
「それはそちらのほうです。警察に突き出してもかまわないんですよ」
 社員が冷たくいい放つ。おれは唇を噛みしめた。
「そうだ、サルを呼んでくれ。あいつが、おれのメイクをしたんだ」
「サル?」
「メイクの佐田だよ。『生クラ』の現場にいるはずだ」
 スタッフと社員が視線を交換する。インカムでのやり取り。すぐにスタッフが首を振る。
「今手が離せないから、取り次がないでくれとのことだ」
「手が離せない? こっちは非常事態なんだぞ!」
 叫びながら、はっとした。たかがアイドルのメイクで、話もできないほど忙しいはずがない。それに、これほどの騒ぎになっているのだ。
 直感。サルはおれを晒しものにするつもりなのだ。見捨てられたことを悟り、おれは愕然とした。
「ともかく、おとなしくここを出ていってください。悪いようにはしませんから」
 腕をつかまれる。鳥肌が全身を覆う。
「そ、それなら、プロデューサーの茅野さんを呼んでくれ。あのひとなら、おれの話を聞いてくれるはずだ」
「いい加減にしろ、こら」
「まあまあ。わかりました。茅野さんがきたら、帰ってくれますね」
 何度も頷いた。インカムで茅野が呼び出された。
 メイク室に入ってきた茅野は、仕事の邪魔をされ、不機嫌そうだった。昨日も徹夜だったのだろう。顎に無精髭が浮いている。それでも、おれには神のように見えた。
「助けてよ、茅野さん、おれが三島だって、こいつらにいってやってくれ」
 身も世もなく縋りついた。よれたシャツの裾をつかんだ瞬間、茅野は顔色を変えた。
「汚い手で触るんじゃねえ」
 乱暴に突き飛ばされ、無様に床に転がった。呆然としているおれを、茅野は汚物でも見るような目で一瞥した。
「なにが三島だ。そんな不細工な面して、よくそんなことがいえるぜ」
「茅野さん、やりすぎですよ」
「うるせえな。頭のおかしいファンひとりに、なにもたもたしてんだ。さっさとつまみ出せよ」
 吐き捨てるようにいって、茅野は踵を返した。台本を丸め、インカムで呼び出したスタッフの頭を殴りつけた。
「くだらねえことで呼ぶんじゃねえ」
「すみません。でもこいつが……」
作品名:フランケンシュタイン 作家名:新尾林月