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時の部屋

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 吉岡が震える手で、私のカバンのポケットからそれを取り出した。おぼつかない指つきで折りたたまれたそれを広げると、それは確かに封筒だった。油性マジックで"演劇部予算(1)"と書かれている。彼女が中を検めると、紙幣が何枚か出てきた。
 吉岡が私を見つめる。悲しみと怒りと失望と疑問が、その目つきからありありと見て取れた。
「明日香ちゃんが、とったの……?」
「ちがう、ちがうよ」
 私は必死に否定しようとした。が、悪い夢のように声が出ない。ただひたすら、消え入りそうな声で「ちがう」を連呼した。
 坂井も心底残念そうにつぶやいた。
「でも、先輩のカバンから出てきちゃいましたし……」
 そして、
「それに、最初そのポケット開けようとしませんでしたよね?」
 この一言が決定的だった。
 全員の視線が私に突き刺さる。
 今さら、逃れようがなかった。

 ◇

 その後私は顧問と学長に事情を訊かれ、ありのままを話した。何の覚えもない。私は何もしていない。それだけをただ繰り返したように思う。
 誰かが封筒を盗んで私のカバンに入れ、濡れ衣を着せたという見方もできる。証拠不十分ということで、私は幸い、公的にはなんの処罰も受けなかった。
 だが、人間関係はそうはいかない。私はすっかり予算泥棒として周りから見られるようになり、多かった友人や部活の仲間たちも私から離れていった。演劇部に居られるはずもなく、自主退部。主役は当然坂井が演じることとなった。
 友達もいない。部活もできない。私はそれから予備校に通い、ひたすら勉強に打ち込んだ。有名進学校とは言えない偏差値、知名度の高校である。ハイレベルな予備校の授業についていけるようになったころには、学校の授業など聴かなくとも定期テストでトップをとれるようになっていた。髪を短くして色も戻した。授業中発言するのをやめた。居眠りも辞めた。化粧をするのもやめた。香水もつけなくなった。私は、目立つことをやめた。
 それが幸いしてか、物を隠されたり暴力を振るわれたりと言ったいじめを受けることはなかった。ただ、空気のようにあってないものとしてみなされ続けた。それだけだった。私はそれで、少し楽だった。
 高校三年生に進学してからは、多い日は十時間以上勉強していたように思う。受験生にしては睡眠時間を多く確保していたが、それ以外の時間はほとんど全てを勉強に費やした。
作品名:時の部屋 作家名:諫城一