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ネコの音楽会

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真夜中にふと、目が覚めたみたいだ。みたいだと、どうして曖昧に言うのかは、本当に目が覚めたのかまだ分からないからだ。
 ベッドから起き上がると、部屋の中はまだ暗い。カーテンの閉めていない窓からは、朝ならば日が差し込んでくるはずだ。起き上がって窓の外を見た。外を見ると、夜だった。
「ということは、これはまた、夢の中なのかな」
 最近、同じような夢を見る。夢の中は、眠る前と同じ自分の部屋から始まる。夜に目が覚めてしまったのかな、と思って気晴らしに夜の街を歩くと、何やらいつもは出会わない変な生き物に出会う時がある。現実では出会えないものに出会えるから、これはきっと夢の中なのだろう。
「お月さん、お月さん」
 月に向かって声を掛けると、月はこんこんと返事をした。月が返事をしたということは、ここはやっぱり夢の中だった。普通ならば月は返事をしたりはしない。夢だと分かると、ほんの少し安心出来た。
「ボクはこれから、散歩に出かけるね」
 月にそう告げて、僕は外に出る為の服に着替えて、部屋を出た。「気を付けてね」と言う月の声は、お母さんとはまた違う、あたたかい声をしている。
 そろりそろり、お父さんお母さんが起きないように、ゆっくりと忍び足で階段を下りる。夢の中で喧しくしてお父さんお母さんは起きるのかどうかは、やったことがないから分からないけど、起きてしまうときっと困ったことになってしまうだろう。いつもこうして静かに家を出るようにしている。
 玄関に辿り着いて、そっとドアを開ける。だけど、どんなに細心の注意を払ってドアをゆっくり開けても、ぎいいい、という音が鳴り響く。いつもこの音で起きてしまうのではないかとどきどきするのだけど、この音でお父さんお母さんが起きたことはまだない。外に出たら、もう一度ゆっくりとドアを閉める。ぎいいいと喧しく鳴り響いて、たんと閉まる。
 これで無事、外に出られた。ほっと一息胸を撫で下ろして空を見上げると、月がこっちを見下ろしていた。僕を見下ろしているのだろうか、この街を見下ろしているのだろうか。分からないけど、月はにっこりと僕に微笑みかけているような気がする。そう思ったら、月はにっこり微笑みかけてくれた。
 僕は、夜の街を早足気味に歩き出した。夜の街はいつもの街と違った、しんとした冷たい空気や色に包まれているから少し好きだ。いつもの街で僕の知っている人は誰もいない、静かな夜の街。夜の夢を見始めた頃は怖くて歩くことも出来なかったけど、いつの間にか夜の街を楽しく歩けるようになった。
 石造りの地面に顔をぺたりと付けてみる。いつもなら、地面に顔なんか付けちゃいけませんと、お母さんに怒られてこんなことは出来ない。だけど今はお母さんも誰も怒る人はいない、僕だけがここにいる。だからこうして存分に顔を付けられた。
 石の地面は、ひんやりと冷たくて気持ち良い。夜の街だから、きっとこんなに気持ち良いのだと思う。暫くそのまま、僕はひんやりとした地面を堪能していた。このままずっと寝てしまうことが出来たら、どんなに幸せだろうか。
「まあったく、何をやっているんだか」
 突然、どこからか声がした。「誰?」と声を返すと、家と家の間に挟まれた路地裏の方からくつくつと笑い声が響いてくる。
 この笑い方、回りくどいような声を僕は知っている。声のする路地裏は暗くて声の主の姿も見えないけど、誰だかは分かった。
「こんばんは、ココア」
 立ち上がって、暗闇に向かってぺこりと頭を下げた。こつこつと、足を鳴らして暗闇から姿を現したのは一匹のココアという名前の猫だ。灰と黒のしましまの毛並をタキシードで隠して、二本足で立っている。人の言葉を話すことが出来る、変わった猫だ。
「誰も見ていないからって、地面に寝転がっちゃいけないでしょ」
「寝転がっていないよ、地面に顔を付けていただけだよ」
 落ちついた様子でココアがそう言うので、僕も落ちついた様子で言い返した。ココアはふっと鼻で笑ってから、僕の方へ歩いてきた。
 離れているとココアの大人びた雰囲気であんまり気付かないけど、近くに来るとココアがどれだけ僕よりちいさいのかが分かる。二本足で立っていても、頭は僕の腰に届かないくらいの高さだ。ココアの体は、ふっくらと丸い。太っているとは少し違うけど、普通の猫より背は低めだ。
「今日は、予定はないのか?」
 ココアは聞いてきた。
「うーん、特にないよ。折角だから、ふらふらと散歩でもしようかなって思ってた」
「本当に、キミは暇な人間だな」
 ココアはまたくつくつと笑い始めた。ココアは僕の話に対して、変なことで笑う。怒ることや、呆れることはない。いつも笑ってばっかりだ。くつくつと笑う様はその格好に似合わないけど、そんなココアも可愛い。
「それじゃあ、私と一緒に星くずを取りに行かないか」
「星くず?」
 ココアの言葉に、首を傾げた。ココアに星くずを取りに行こうと誘われたのは初めてで、星くずとは何のことか分からなかった。空を見上げると、月の他にも沢山の点の星が明るくきらめいていた。朝や昼には見えない、暗いのにきらきらと明るい綺麗な空だ。
「うん、今日は星くずを取りに行こうと思ってね。私だけで取るよりもキミがいた方が沢山取れるし、良かったら一緒にどうだい?」
「……うん、別に良いよ」
 少し考えてから、頷いた。断ってまで何処かへ行きたい所もないし、一人でふらふらと散歩するよりはココアと一緒にその星くずを取る方が楽しいかもしれない。なにより、今日は何となくココアと一緒にいたかった。
 頷くと、ココアはにっこりと笑った。ココアのにっこりとした笑い方は、影のある笑い方だけど、それ以外のココアの笑い方を知らないし、ココアにとってはそれが普通の笑い方なのかもしれない。実際に影がある笑い方を見せても、その後に影があったようなことはなかった。
「それじゃあ早速、行ってみようか」
「うん」
 ココアは手を差し出して、僕はその手を繋いだ。ココアの手の外はもさもさとした毛で覆われていているけど、内は毛で覆われない柔らかい肉球があらわとなっている。手を繋ぐ時、この肉球のふにふにとした感触が伝わって気持ち良い。
 手を繋ぐと、ココアは僕の手を引いて路地裏へ走り出した。歩き出したのではなく急に走り出したから、僕は呆気に取られて手を引かれた時に転げそうになった。すぐに立て直して、ココアに合わせて走った。走ったとはいえ、ココアの走る速さは少し遅いから、早歩きでココアの後ろを付いていった。
 路地裏は、とても暗くて狭い。多分一人だったら早歩きでも壁にごつんと当たりそうだ。でも、暗闇に慣れているココアに手を引っ張られている今は、壁にぶつからずに早歩きでも安心して通れた。途中に何か物があっても、それを的確にココアが教えてくれる。
作品名:ネコの音楽会 作家名:白川莉子