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すずきたなか
すずきたなか
novelistID. 3201
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訓練

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裕貴がうちに遊びに来て、下らない漫画を読みふけって俺の部屋に沈黙が訪れた時、俺は唐突にとんでもないことを考えてしまった。こいつとキスをしてみたい。
考えた瞬間その妄想に腹が立って、脳内から蹴り出して追っ払った。俺、どうした。いくらなんでもおかしいんじゃないのか。そんなに新しい刺激が欲しいのか。
裕貴はそんな葛藤には全く気付いていない様子で、淡々と漫画に集中している。かれこれ三十分は無言である。あぐらを解きもせず、少し猫背に背中を曲げて、もくもくと読破している。俺の視線には、頼むから気付いてくれるな。さっきの奇妙な妄想から、どうしても口の辺りに目が行ってしまう。
裕貴は俺より五センチほど背が低い。いわゆる童顔で、中学生にも見える。茶色っぽい髪の毛は地毛で、頭髪検査の際は言い訳に苦労しているようだ。真っ黒な俺からしてみれば羨ましい。
ぱたりと唐突に、裕貴は漫画を閉じた。端から見れば唐突だが、実際はどうもその巻を読み終えただけの話らしい。顔を上げ、俺と目が合う。俺は不純な妄想をしていたので、慌てて目をそらした。
「暇だな」
裕貴は不審がるでもなく、低く呟くだけだ。続けて欠伸をする。
「ああ」
「眠くね?」
「いや、別に」
寝たいのなら寝ればいい、と俺は思ってしまう。そうしたら、こっそりと口をつけて、て何を考えているのだ。死ね俺。消えてしまえ俺。
「お前何やってんの?」
「え、別に何も」
「この部屋蚊でもいんの」
「いねえよ」
両手をばたつかせていたのは不審に思われたらしい。裕貴は眠気の混じった目で俺を睨む。
「ふうん」
「いたら潰せばいいべや」
「手、汚れんのはやだ」
「ガキだなー」
「そういう方が子供なんだよ」
「くっせえ言い争いしてんじゃねえし」
会話終了。裕貴はため息をついて、漫画を揃えると、両手で抱えて立ち上がった。本棚に戻してくれるらしい。妙なところは律義である。その辺、と指示するついでに、俺は何故だか立ち上がった。裕貴のあとを追いかけて、何だか物凄く近いように感じられる場所まで、つめる。三十センチ。これは、近い。近すぎる。裕貴もそれに気付いたのか、振り向きざまの一歩目で、本棚にぶつかるようにして後ずさる。俺も少し、下がる。
「な、んだよ、近いな」
「近い」
「顔当たるかと思った」
どうしよう、俺。ここで一歩踏み越えるのだろうか。純粋な興味で、友人をひとり失うのか!それは嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。待機一秒。
「いや、当てようと」
おも、て、その。語尾がどんどん小さくなる。目をそらしてしまう。もう一回見ると、裕貴はいぶかしげな顔をしていた。よかった、伝わっていなかったようだ。俺は咳払いをしつつ、改めて言い直してみた。
「あのさ、深い意味はないんだけどちょっと聞け。あの、俺、キスをしてみたい、裕貴と。あのこれまじで深い意味ないから!」
「……佐藤ホ」
「ホモじゃねえ興味だっ!何の感情もねえっ!ということで、そこから動くな」
「ふざけんな」
裕貴は切り捨て、さっさと部屋の対角へと移動した。俺はそれ以上近寄れない。出ていかれないだけましかもしれない。今なら冗談にすることができる。面白くも何ともないが。
裕貴は嫌そうに目を細め、肩をそばだてた。
「佐藤はそんなこと考えてたんだ。不潔すぎる。近寄んな」
「だから興味だっつうの」
「女子相手に言えよ」
「言うよ、その内」
「つうか何?急に?クソして死ね」
「だから意味はないんだって。興味、体験」
裕貴は顔をしかめて黙り込む。俺は一般を貫き通す覚悟で、床にどっかと座り込んだ。知るか。もうなかったことにしてくれ。既読の攻略本を取り出す。ぱらぱらとめくって、話題は終わったふり。
「……分かった」
だと言うのに、裕貴は蒸し返してしまった。今度は俺があんぐりと口を開ける番である。
「は?」
何をどうやったらその帰結になるんだよ。
「は、じゃねえよ」
「いや、だって、キス、だよ?ちょーキモくね?」
「ちょーキモい」
「じゃ何で」
「いや、それも楽しいかなって」
黙り込む。裕貴の表情は特に変化せず、尊大に腕を組んでいる。思わず腰を浮かした俺に指を突き付ける。
「じゃあ、後ろに寝ろ」
「寝る?」
「布団に寝ろ。俺がするから」
「え、裕貴がすんの?」
「うん」
裕貴は何を今更、という顔で俺を見る。発案者は俺なんだけど。
「てか何で寝る必要があんの」
「はあ?必要以上に体に触ったらキモすぎて吐くから」
「……同感」
仮に立ったままだとして、不意に裕貴の手とか握ってしまったら、俺はその日の内に自宅の屋根から飛び下りるだろう。
とりあえず言われた通り、ベッドに寝転んでみた。裕貴を見上げる形になる。遠かった顔が少し近付く。膝を付いたらしい。顔の横に手が置かれる。顔が、近い。俺は反射的に横に転がって、避けてしまう。気恥ずかしさで、両手で顔を覆う。
「何やってんだよ、空気読めよ、早くしろよ」
「待ってまじちょー無理。ほんと無理。笑うわ」
「ふざけんな死ね」
「やっぱ俺そっちがいい」
「なあまじで早く」
裕貴は苛々と掛け布団を叩く。俺は仕方なく元のポジションに戻り、びくびくしながら体を強張らせた。裕貴は俺に触らないようにするためか、両手を顔の脇に付き、身を乗り出している。顔、顔が近い。髪の毛が当たりそうだ。今更後悔する。やめときゃよかった。こういう場合でも、目はつぶるもんなのか?いや、反射的につぶってしまう。これは恐怖だ。手が上がる。痙攣のように震えている。
「ま、やっぱやめ」
言い切る前に生暖かい感触が唇に、来た。思わず目を見開く。裕貴と、ばっちり目が合う。体が硬直してしまって、逃げ出せない。その間目は合いっぱなしである。俺は小刻みに頭を振って、もういいという意思を裕貴に伝える。お互い、振りほどくようにして、ずさっ、と二メートルほど間を開けた。俺は壁に激突、裕貴は机にふくらはぎを強打したらしい。いてえ。
顔を拭うと涙が出ていた。これは壁にぶつかる前の話だ。よほど怖かったらしい。
眉間にしわを寄せて口を押さえている裕貴も、よく見ると目が潤んでいた。
「泣くなよ」
「泣いてねえよ」
「こんなことで泣くなよ」
「だから、泣いてねえよ」
目をこすりながら言っても全く信憑性がないのだが、俺はどうするべきだろうか?
あー、すげー怖かったよー。
作品名:訓練 作家名:すずきたなか