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セカンドラブ・シンドローム

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 インスウブンカイ、と純ネエは僕の言葉をなぞった。高校在学中に地元の「や」の付く職業の人と駆け落ちしている純ネエは、あまり学校の勉強に明るくない。そしてその旦那さんを亡くしたのが二十五の時だと言うから、実際のところ純ネエは恋愛経験が豊富というわけでもない。しかしまあ、相談に乗るのに経験が必要だという法律はなかった。
「相沢陵、あんたねえ」
 その純ネエが、因数分解は無視してすっきりしたように微笑んだ。
「それじゃあもう、答えは出てるんじゃないの」
「……は?」
 僕は意味が分からなくて聞き返した。
「だから、会いに行ってみればいいじゃない。その初恋の女の子に」
「はあ」
「初恋に決着をつけて来なさいよ。夏菜子ちゃんのためにもね」
 僕が何か言い返す前に、ドアのカウベルがカラカラとなった。純ネエはいらっしゃいませー、と立ち上がってお盆で僕の後頭部を軽く突いた。

 アパートへ戻って二階への階段を昇ると、ちょうどはち合わせた郵便配達員に声をかけられた。
「あの、相沢さんですか?」
「はぁ、そうですが」
「あ。良かった。ここのアパート、表札も部屋番号も出てないからね。困るんだよねいつも。はいこれ」
 そう言うと配達員は僕に封書を手渡した。何の変哲もない、無個性な封筒だ。
「いつも迷うんですよ。良かったら表札出しといて下さいよ。部屋番号でも構わないし、マジックで紙に書いたやつでいいですから」
「ああ……考えておきます」
 配達員はしつこいくらいに表札を出すよう懇願してから、階段を下りていった。
 僕は赤い原付の遠ざかる音を背に玄関へ入り、封筒を裏返してみた。差出人は中島だった。中島は中学高校と同じ学校だった親友だ。そのまま封を切ってしまおうかと思ったが、視界の隅で部屋の電話機が赤く点滅しているのに気付いた。
 留守番電話。
 そんな機能が使われたのは、この部屋では数カ月ぶりだ。意外に思って封筒をベッドに放り出し、部屋の灯りをつけて電話機のディスプレイを見た。血圧が上がった。
 着信履歴は『オザワ』となっていた。小沢は夏菜子の苗字だ。
 点滅する突起物に指をのばそうとして、躊躇する。
 果たしていかなるメッセージを、夏菜子は僕に伝えようとしていたんだろうか。
 あれだけひどい仕打ちを受けておいて、夏菜子が僕に投げかけることの出来る言葉は限られているような気がした。ここに録音されているのは激しい罵倒かも知れないし、あるいは涙ながらの非難かも知れない。
 どんな痛みでも僕は受け入れるべきだった。それは理解していた。していたが……同時に僕はどこまでも臆病だった。かざした指を握り直し、そうした自分を呪いながらベッドへ倒れ込んだ。それから中島からの手紙を開封し、読んだ。
 そして決めた。
 優子に会いに行こう。
 いろいろな事がそういう方向へ流れ始めている、と思った。