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萌葱色に染まった心

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序章 旅立ち

 西田徹は買ってきたばかりの荷物をまとめていた。寝袋やテント、ランプにコンロ、予備のボンベと鍋食器一式。それらはキャンプ道具だった。数枚の着替えも食器と一緒にバッグに詰め込み、忘れ物はないか再度確認する。もっとも、もし忘れていたとしても、必要なときに買えばいいだろう。お金やキャッシュカードを忘れてさえいなければ、だが。
 徹は、財布に五万円の現金とキャッシュカード、免許証が入っているのかももう一度確認した。大丈夫。ちゃんと入っている。
 徹は時計を見上げた。まだ八時になろうかという頃だが、外はすっかり暗くなっていた。出発は明日の朝に決めていた。少し早いが休もうか。そう思っていると、ドアがノックされた。
「徹、ちょっといいか?」
「ああ、父さん。いいよ」
 ドアを開けて顔をのぞかせたのは徹の父、西田和博だった。
「明日、出発だったな」
「うん」
「ちょっと付き合わないか?」
 といって、お酒を飲むまねをしてみせる。
「いいよ」
 徹もそれを察し、即座に返事をしたのだった。
 二人が居間に行くと、テーブルにつまみが置いてあった。徹の母、西田琴子が準備したもので、彼女はグラスと瓶ビールを運んで来るところだった。
「母さんもたまにはどうだい?」
「そうねぇ。じゃあ、いただこうかしら」
 琴子はそういうと、徹と和博の分をコップに並々と注ぎ、自分のグラスを取りに行く。徹と和博は向かい合わせに座り、琴子が戻ってくるのを待った。
「この機会を逃すと、次はいつになるか分からないからな」
「そうだね」
「俺の夢だったんだ。お前と盃を交わすのが」
 男親なら誰でも持っている平凡な夢ではないだろうか。高校を卒業したばかりの徹には、ほんの少し早いのだけれど、旅に出た徹とは次にいつ会えるか分からない。何度も話し合ったけれど、大学に進学するつもりのない徹が、バイクに乗って旅に出るという決意は固い。
 出発を明日に控えていた。だからこそ、和博はこの機会にと、席を設けたのだ。一緒に食事するのは、次はいつになる事やら分からない。
「さ、乾杯しようか」
 戻ってきた琴子のグラスに、すかさず徹がビールを注いだ。
「乾杯!」
作品名:萌葱色に染まった心 作家名:西陸黒船