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心の奥底の願い

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心の奥底の願い


━私達や私達の住むこの地は女神の御力により生まれたものである━

 どの史書を開いても始まりは同じである。それは偽りの無い事実で、世界は神々の住まう天界より降り立った女神マーグメルドによって創られた。
 女神の力を借りて大地は躍動を始め、様々な動植物を生み出し世界を育てた。結果『人』という種類は数種族に及び、人間と魔族以外は種族毎に暮らした。女神は成長を続ける世界を助け育てる為に、女神自ら傍でサポートしてくれる種族を創った。彼らは様々な能力を持ち老いも寿命も無いとされ、女神の傍に仕えるに相応しい純白の優美な翼を携えていた。地上の者は皆彼らの事を天に愛されし天の御使い『天の民』と、親しみを込めて呼んだ。天の民は目立つ為、皆翼を隠す程度の魔法は最初から心得ていた。そして、もう一人…女神が一人で産んだ娘。彼女は女神の力を分け与えられて産まれた分身のような存在で、皆に愛され女神としての名前も女神になる為の洗礼は受けてはいないが、立派に母であるマーグメルドと代わらぬ存在であった。

 やがて、女神の力を借りずとも大地が安定した活動をするようになると、女神の役割は終わり神々の掟により女神は天界へと戻らなくてはならない。
 それを知った地上の人々は不安を訴えた。結果、掟に触れない天の民が残る事となったが、まだ女神となっていない娘も残る事を選んだ。女神は天界に幾人かの天の民を従え戻っていった。
 その後、女神の娘と天の民は地上より遥か天空に浮いた大地を創った。その大地に国を創り『アクラス国』と名付け、地上を見守り続ける事としたのである。地上との干渉は適度にし、中立を守り通そうとしていた彼らだったが、変わっていく時代がそうはさせてくれなかった。女神の娘は後に『至高の宝石』と呼ばれるようになり、悲しい事に人間と魔族の争い事に巻き込まれていった。
 争いを少しでも回避する為に『至高の宝石』は現在強力な結界を張った城内の一室で眠りについているといわれている…。

***

 
 その日、アクラス国王城の一室ではピリピリとした雰囲気が部屋中を覆っていた。十数人の白を基調とした制服に身を包んだ騎士達が会議を開いていた。皆天の民だが、、特徴である優美な翼は見当たらない。戦いでは弱点になるので魔法で隠しているらしい。
「・・・ふぅ・・・」
 騎士のうちの一人、エスナ・クローゼンは小さな溜息と共に、うす茶色の肩まで伸びた髪を掻き揚げると紫色の瞳を細めた。
 能力に秀でた優しい魔族と暮らしていた人間は、段々と大きな顔をするようになり魔族を迫害し奴隷とした。それがきっかけで、本来優しい筈の魔族の隠れた本質である残虐非道な面を引き出してしまったのである。
 弱者となった人間は『至高の宝石』を味方にし力を得ようとした。反対に、強者となった魔族は『至高の宝石』を手に入れて世界を手に入れようとした。結果、『至高の宝石』は自分が災いの元となるのなら…と、アクラス国の王城の一室に強力な結界を張り眠りについた。そうして天の民は人間と魔族の戦いの仲裁に身を投じねばならなくなっていた。
「どうされました?エスナ様?」
 考え耽っていると、突然隣から小声で声がかかり黒い瞳がエスナの顔を覗き込んだ。
「ルイス・・・ごめんなさい。少し考え事をしていたの」
 声を掛けてきたのは、エスナのパートナーでルイスという黒髪の年下の少年だった。
 アクラス国では、女性は魔法を得意とし男性は剣・体術を得意とする。その特徴を生かし、男女一組で仕事となる事が多い。そんな中、エスナが在籍しているのは『聖騎士団』の第3聖騎士団。そしてパートナーのルイスと共に副団長を勤めている。
 『聖騎士団』は第四まであり、能力が非常に高い四天王率いる部隊を相手にする専門の騎士団なのである。聖騎士団はアクラス国で最も強いとされる騎士団で、入団には相当の努力と能力が要る。
「少しお疲れなのでは?」
「ん・・・そうかもしれないわね」
 エスナはくすりと小さく微笑んでみせると、机の上に置かれた資料を手に取り再び会議へと集中し始めた。皆が真剣な面持ちで一人の騎士の報告を聞いている。
「現在アクラス国より南方の小さな町セレスを魔族が襲撃しております。対応に出ているのは第1、第2騎士団。四天王は出ていないとの情報ですが・・・」
 その時の事だった。窓の外が一瞬真昼の様な明るさになり、白い閃光が走った。数秒の遅れと共に窓ガラスがビリビリと音を立て、憎悪という感情が敏感な天の民達に絡みつく。
「な・・・何・・・!?」
 エスナはぞわりと背筋を這い上がってくる悪寒に思わず両肩を抱いた。セレスで何かが起こった事は間違いないだろうが、ここはアクラスで地上より遥かに高い位置にある。なのに、この凄まじい衝撃は何だろうか?エスナの肩を抱く手が細かく震える。
 ざわつく会議室の中でただ一人落ち着いている青い瞳に薄い茶色の髪の青年が立ち上がる。会議室の中がほんの一瞬で静かになり青年へと集中する。皆、彼の言葉を待っているようだった。
「四天王が出ている可能性が高い。第3、第4聖騎士団は聖騎士団見習いを連れてすぐにセレスへ!」
『はっ!!』
 指示を受け騎士達は一斉に指示に従い散らばっていく。だが、エスナは初めて体感する恐怖に、席を立ったものの暫し動けなかった。ルイスは手を貸したものかと、エスナの傍で心配そうな顔をしている。
「エスナ・・・大丈夫か?」
 そんなエスナに声をかけたのは、皆に指示を出した青年だった。横に居たルイスはすっと姿勢を正すと、直角に近いほど頭を下げエスナから数歩離れ壁際で待機していた。
「・・・セイ」
 エスナは青年の事を親しげにそう呼んだ。だが、それは一部の者に許された呼び方で、セイはアクラス国の第一王子であり、第1聖騎士団の団長でもあるのだ。更に聖騎士全体はもちろん騎士団も束ねる事も王子の仕事と、父王に任せられ立派にこなしている。皆に慕われる気さくな王子だ。
「ルイス、申し訳ないが先に行って支度を整えてもらえないか?エスナは落ち着かせ次第すぐ向かわせるから」
「あ、はい!」
 深い青い瞳を細めながら微笑みルイスに声をかけた。ルイスは直に王子に声をかけられ緊張した様子を見せつつも、快い返事を返すと会議室を出て行った。
 二人きりとなった会議室。セイはエスナのまだ震える肩にそっと手を置いた。心配そうに自分を見るセイ。彼はエスナの年下の恋人であり婚約者である。
「大丈夫よ、ちょっと気にあてられただけ」
 微笑むエスナの顔はまだ微かに強張っていた。だが、大丈夫とばかりに自分の肩に置かれたセイの手に自分の手を重ねる。
「あまり無理しないでくれよ?」
 微笑みながらそういうセイを見上げながら、エスナはセイの笑みに釣られるように唇の端を上げた。セイとは幼馴染みで、幼い頃からセイの姉と共にセイとも姉弟の様に遊び育ってきた。
「ん、分かってるわ」
 昔は小生意気な弟だったのにね?と、意地悪でも言ってやろうかとエスナが企んでいると、不意にセイがエスナの手を取ったのである。首を傾げるエスナの手の平を上に向かせ、その手の平に綺麗にラッピングされた小さな箱を乗せた。
「お守り」
作品名:心の奥底の願い 作家名:水月 翔