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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 シルバーのジムニーが車体を揺すりながら入ってくるのを見て、剛は梨沙子の背中をぽんと叩いた。
「帰ってきよったわ」
 梨沙子は、トラックの隣に停まったジムニーから降りてきた梶木に、小さく頭を下げた。梶木は皮手袋を外すと、まとめて上着のポケットに押し込んだ。
「こんばんはです」
 剛は、リアハッチの窓越しに顔を伸ばした。
「道具、全部持ってきたか?」
「はい」
 梶木は短く答えると、リアハッチを開けて毛布をどけた。下には紙袋と大きな麻袋がひとつずつ寝かされており、剛は紙袋の中身をかき分けるように覗き込んでから、言った。
「オッケーオッケー」
 梶木はうなずくと、麻袋の口を少しだけ開いた。剛は麻薬探知犬のように鼻から顔を突っ込むと、笑った。
「よーっしゃあ。弾は?」
 言葉で答える代わりに、梶木はリュックサックを開いた。剛はバックショットが収まる箱に触れて、小刻みに何度もうなずいた。
「よし。戦争やぞ梶木。おらっ」
 そう言うと、剛は梶木の横腹をつついた。梨沙子は、梶木の目から一瞬にして光が消える様子を見つめて、背筋に寒気が通り抜けるのを感じた。剛が勝手にじゃれついているだけで、それを受け止める梶木が頭の中で何を考えているかは、全く読めない。
「梨沙子。おれらがボーっとしとるゴミ屋ちゃうってのを、今から分かってもらうど。来いや」
 剛はそう言うと、手招きしながら歩き始めた。梨沙子はその後をついていき、隣に並んで歩き始めたマリが笑いながら言った。
「胃は強い方?」
 梨沙子は答えなかった。逃げ道を封じるように梶木が後ろを歩いていることの方が、今は気にかかる。剛が足を止めたのは、元々従業員用に開放していた大きな浴場だった。脱衣所に入ったところで、剛は言った。
「ここ、今はおれらが使ってるんやけどな。そこは中林家。使えるもんは何でも活用する思いでやっとります」
 梨沙子は、浴場の中からお経のような言葉が聞こえることに気づいて、顔をしかめながら耳を澄ませた。
「中に、誰かおるん?」
 剛は返事の代わりに、扉を開いた。湯気が漏れだして、梨沙子はむせかえるような血の匂いに顔をしかめた。お経のように聞こえていのは、滑舌が悪い我妻の独り言だった。
「親からもろうた体に、こちゃこちゃ落書きしよってからに、このくそがきが……」
 その背筋は棒でも入っているようにぴんと伸びていて、流れるように崩れた言葉とは正反対だった。湯気が引いた先に、何かがいる。梨沙子は一歩中に踏み出し、それが椅子に縛り付けられた人間だということに気づいた。我妻は振り返ると、抜けた声で剛に言った。
「ああ、ちょうど終わりまひたわ」
 梶木は我妻の隣に立って、自分たちの『仕事』を眺めた。これが最後の仕事になるとして、唯一恋しいのは、事前に受け取っていた文字だけの情報が現実の世界と繋がる瞬間だった。学校前をうろついていた車は、シルバーのセフィーロ。一度は立ち去ったが、往生際が悪くて程よくアホなら戻ってくると剛が言い、実際その通りになった。物を隠す場所も、この辺りでは限られている。セフィーロは橋の真下になる位置に隠されていて、見つけるのは、ゆで卵の殻を剥くよりもはるかに簡単だった。
 セフィーロを二人組が回収しに来たのは、十時過ぎ。尾行が楽だったのは、自分たちよりも先に、赤いバイクに同じことをされていたからだ。驚いたのは、そのバイクを正面衝突で弾き飛ばした荒っぽさで、交差点を曲がらずに行き過ぎた反対側からでも、その衝撃の激しさは音で分かった。そして、証拠隠滅の大雑把さ。廃墟の中で悠々とひと休みするような大胆さもあり、何をしでかすか分からない危険さだけが目立った。だから、こちらも手加減はしなかった。梶木はうわ言のように言葉を発する口元に、耳を近づけた。
「アスナって、誰や? 女か?」
 顔が腫れあがって真っ赤なボールのようになった吹谷の口からは、うわごとのように名前が漏れ出していた。ホテルの廃墟で、昼寝をしていた方をエレベーターに突き落とし、起きていた吹谷を捕まえたのが、正午過ぎ。そこから今まで、意識を失っては起こすということを繰り返しながら、情報を聞き出すために休みなく痛めつけてきた。梶木は洗面器に薄く貼られた水の中に浮かぶ剃刀を手に取ると、すでに切り落とした片耳の跡をなぞった。吹谷は顔を傾けるだけで、もう反応すらしない。
 拷問のやり方には、各々作法があった。
 梶木は、痛めつける相手のことを『灰皿』と呼び、自分が解けなかったクロスワードパズルをさせるのが常だった。答えられなかったり矛盾が出たりしたら、そのときは灰皿代わりにする。驚いたのは、ビジネス用語のクロスワードパズルで吹谷がほとんどを正解したことだった。最後に埋めたのは『マインドフルネス』で、パズルは完成した。だから煙草の跡は、二つしか残っていない。
 我妻のやり方は、体の部品を少しずつ切り離していく方法だった。最初は髪の毛で、次はへそのゴマ。冗談のように軽い部位が続いた後、爪に移る。そこから先は、取り返しがつかない。爪の次は耳で、次は歯だ。なかなか口を割らなかった吹谷には、どれも残っていなかった。そして、吹谷にとって運が悪かったのは、我妻が最も嫌う刺青を入れているということだった。
 梶木は剃刀の刃を眺めながら、言った。
「まあ、アスナが誰でもええか」
 今、吹谷の体に刺青は残っていない。我妻がレザーピーラーで全て剥がし、ゴミ袋行きにしたからだ。梶木は剛に報告した。
「頭は、富田瑛吉。その右腕が山井達也と元原啓介。この元原ゆうのは、私がエレベーターに投げこんだ男です。この三人はあだ名があって、それぞれトミキチ、ヤマタツ、モッサンです。あとは三国速人と柿虫陣、この吹谷将人を合わせた三人が、いわゆる実行役です」
「了解。その富田いうのが、ガンマニアやったっけ?」
 剛が言うと、梶木はうなずいた。
「はい、電話で報告した通りです」
「で、場所は?」
 剛が目を剥きながら先を促すと、梶木は気圧されたように顔を引きながら続けた。
「あくまで話だけですが、事業の拠点にしてる場所は聞き出しました。スポーツセンター跡の廃墟です」
 目の代わりに歯を剥いて笑いながら拍手し、剛は二人を労った。
「おーっけい、座標くれや。上出来や、ようやってくれた。梨沙子?」
 剛が振り返ると、マリが梨沙子の体を抱えるように支えて、百点満点の意地悪な笑顔を見せた。
「気絶しよったわ」
 剛は笑いながら梨沙子の髪を掴むと、平手打ちを食わせた。目が開いたことを確認してから引っ張り上げるように体を引くと、吹谷を指差しながら言った。
「昌平を殺した奴やぞ。お前が頭クルクルパーなってて、どないすんじゃアホ」
 梨沙子は、息をするたび湯気ごと暴力を一緒に吸い込んでいるように、激しくむせた。
「無理……、何をしたん」
「昌平をどないして殺したか、まずあいつに聞いたれや。お前、我妻と梶木がちゃんとやってくれたから、優雅に気絶してられるんやぞ。あいつが五体満足でお前と鉢合わせしたら、何をしてくるか分かるやろ。ご子息をキャン言わせましたゆうて、握手でもしてくるて思うんか?」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ