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 次のバッターは、第1打席でもヒットを放っている2番の豊橋君。彼は監督のサインを確認してから左打席に入る。

 前述したように、豊橋君は流し打ちの名人だ。だが、昔からそうだったわけではない。むしろ昔は、力まかせに引っ張るほうが得意なバッターだった。だがある日突然、狂信的な流し打ち派に転向したのである。

 その日は、トスバッティングを行う日だった。コーチが軽く放る球を豊橋君が気持ちよく打ち返している時、突然、近くの住宅からガラスの割れるような音が聞こえてきた。その大きな音に豊橋君は気を逸してしまい、思わずバットを振るタイミングが遅れてしまったのだ。

「キン!」

 バットをボールに当てるのが精一杯だった。だが、その打ち損じたかと思った球は思った以上に飛距離が伸びていく。球拾いをしていた選手が届かず、全速力で追いかけていくほどに。

「…………」

豊橋君は、偶然に発生したその打撃の感触を忘れられなかった。そして、もっともっとその感触を味わいたいと思った。この瞬間から豊橋君は、流し打ちに身も心も取りつかれてしまったのである。

 今では豊橋君は、練習のときでさえも、もう引っ張るバッティングを一切行わない。監督もコーチも最初は注意したり、怒ったり、諭したりという形で翻意をさせようと試みたが、今ではもう誰も何も言わなくなり、豊橋君の好きにさせるようになってしまった。

 そんな豊橋君の第2打席。投手の上野君も今度はきちんと落ち着いて第1球を投げた。
「キン!」
「ファウッ」
お決まりの流し打ちで飛んでいった打球は3塁側のベンチを襲い、日我好の面々をあきれさせてしまう。

 ランナー1塁のこの場面では、普通なるべく右方向、すなわちライトへのバッティングを心掛けるのが基本だ。例えセカンドゴロなどになっても、そのほうがランナーは生き残りやすい。しかし今のファウルを見てもわかる通り、左打者の豊橋君はそれでも流し打ち、レフト方向へのバッティングに固執している。

 だが、ベンチで見守る監督やコーチは、どうしようもないという考えだった。あれだけ口を酸っぱくして注意しても、流し打ちをやめない豊橋君だ、ここで右打ちのサインを出そうが、タイムをかけて呼びつけ、ライト方向への打撃の優位性を伝えようが、流し打ちに夢中なあの男が考えを翻すはずがない。
 案の定、2球目、3球目、4球目と豊橋君は半ば意地になっているかのように3塁側にファウルを量産させていく。そうして球数が増えるのに比例して、守備についている能信ナインも、無意識にレフト方向に打球がやってくる未来を描くようになっていった。

 だが、5球目にそれは裏切られる。
「カキィン!」
突如、豊橋君はバットを鋭く振り抜き、引っ張るバッティングに切り替える。1、2塁間を転がっていくボール。いち早くスタートを切っていたランナー寺井君が横切る中、セカンドの畑中さんがしっかりと捕球する。2塁はもう間に合わないと判断し、彼女は確実にファーストへと送球した。

 どうやら豊橋君がしつこいくらいに流し打ちでファウルを量産していたのは、右方向は来ないだろうと能信ナインに思わせるための撒き餌だったようだ。敵を欺くにはまず味方からと言うが、確かに能信の守備の堅さの裏をかくにはいい作戦だった。そんな豊橋君の機転の効いたバッティングで、日我好はツーアウトとはいえ、強打者である中本君の打席で得点圏にランナーを置くことができた。

 そして中本君はこのチャンスにしっかりとこたえ、ライトの頭上をこえるツーベースヒットを放った。この間に2塁ランナーの寺井君がホームベースを踏んで生還する。

 次の打者、広尾君はレフトフライに倒れたものの、スコアは3-3となり、日我好は再び追いつくことに成功した。


作品名:熱戦 作家名:六色塔