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山の神さま

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ここには神さまがいるだに。宗教は人間が作ったもんだけんど、神さまは元々いるもんだに。宗教と神さまは違うんだあ。仏様なんて効きやしないさ
 老婆は手を合わせて呪文のようなものを唱え始めた。
 これであなたも私も幸せになれるだに。よかったよかった。うひひひ
 立ち退きの説得に訪れた建設事務所の職員は、ため息をついた。いくら言っても書類にサインをしてくれずに神さまの長話をされて終わってしまう。
 N県の山奥におけるダム建設の計画が発表され、古の山村が水底に沈むことになった。数千億円の税金が投入される国家プロジェクトである。大手ゼネコンの子会社社員が集落内に家を買い、お近づきの印にといって村人を集めて毎晩豪華な宴会を開いた。ダム建設反対派の切り崩し工作である。高齢で体が動かないからお金をもらって出ていくのもやぶさかではないという人もいたし、集落内の狭い人間関係でヒラエルキーが低いのでたくさんお金をもって早く出ていきたいという人もいた。豪華な代替住宅の完成予想図によだれをたらして移住を決める人もいた。日本の発展のために涙を呑んで!と義侠心をかき立てられて説得された人もいた。ダム建設と移転に反対する人脈は切り崩されていった。
 頑強に反対運動を繰り広げる川漁師たちもいたが、暴力団員が漁業組合に入り込み、総代会で怒号を上げて反対運動をつぶした。それでも反対する組合員は川船を流されて生活手段を失った。漁業組合の理事会で国と県にダム建設を誘致する強引な決議がなされた。県はそれを受理した。漁業組合法の目的を逸脱しているという声はどこにも届かなかった。
 先祖伝来の土地にこだわる人の田畑には鉄棒が打ち込まれてトラクターが故障した。こうなると立退料をもらって出ていくか飢え死にするしかない。
 ダム建設付帯工事としての大規模な道路工事が始まり、大量の土砂が川に投げ込まれて川魚は激減した。渓流釣りや野鳥観察など多くの観光資源も失われた。山小屋を管理する仙人のような老人は孫を痛めつけるぞと脅迫されてあっさり出ていき、登山道を管理する人もいなくなり荒れ果てた。登山客が来なくなり、温泉宿や民宿は困窮した。土産物屋を営む人はダムの付帯事業で広い道路ができれば、観光バスが入れるようになって繁盛しますよという甘言に乗って移転に同意した。
 このような状況を踏まえて県知事も最終的な苦渋の決断と称してダム建設に賛同した。
 自然保護団体が絶滅危惧種クマタカの営巣場所が破壊されることを危惧して野党議員を通じて国会でこれを訴えた。与党の国土交通大臣は「いろいろなご意見はありますが、クマタカは将軍様の肩に止まるような人懐っこい鳥ですのでまったく問題はないと思っている次第なのでございます」とダム建設を擁護した。
 最後に残ったのは、神さま依存症の老婆一人である。何者かが老婆の家に放火したが、この村には空き家がたくさんある。老婆は知り合いの家を無償で譲り受けてさっさと移り住んだ。
 いい家に住めることになってよかっただに。やっぱり神さまは効くだに!うひひひ、と笑っていた。。県は強制執行を行って老婆を排除することとしたが、法的なハードルが高くて手続きに2年を要した。
 着工の遅れがあだとなってダムは建設中止となった。活断層の隙間にダムの水が入って巨大地震を引き起こす可能性があることが地質学者の研究で判明し、公開討論会の結果を踏まえて新しい県知事がトップダウンで中止を決定したのである。このような事例は詳細に調べれば日本中にあるかもしれないと地質学者が言った。
 村を出て行った人々は唖然とした。いい家に住めるようになってよかったという人もいたが、生きがいを失って自殺した人もいた。
 集落には老婆が一日中にこにこと笑いながら、幸せそうに神さまと会話していた。
 そろそろ、町の施設に移られてはいかがでしょうか。高齢者はいろいろ体に不具合が起きますので健康診断のためにも病院近くの町の方がいいと思いますよ、と県職員が移住を促した。
 あたしの健康法は神さまとおしゃべりすることだに。うひひひ。
 ブナの原生林の若葉から木漏れ日が地上に降り注ぎ、秋には宝石のような紅葉となった。
 自然が戻ったこの地を訪れたバードウオッチャーがヤマセミを見て感嘆の声を上げた。釣り人が30センチを超えるアユを釣りあげて歓声を上げた。カヌーを漕ぐ人がそういう人々を横目で見て川を下っていった。川底には豊かな川苔が水にそよいでいた。
作品名:山の神さま 作家名:花序C夢