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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Dollface

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 長く、時間をかけ過ぎた。二十三歳というのは、本来であれば大学を卒業している年だ。そのはずが、三年生の途中で高校を辞めて以来、おおよそ五年に渡って殆ど家から出ていない。ここ一年は、部屋から出ることも少なくなった。
 中退の原因はいわゆる『イジメ』で、間違った相手に少しだけ心を許して、本音を話したことがきっかけだった。フルネームを思い出すだけで蕁麻疹が出そうになるから、頭の中に呼び出すときは寺井委員長と呼んでいる。当時は気づかなかったが、おそらくサイコパスというやつなのだろう。係を命じられても約束を守らない松戸という同級生がいて、寺井はあるとき『松戸来てないのか。手伝おうか』と言いながら近づいてきた。続けて、『あいつ、どんな感じなの?』とも。それに乗っかって、少しだけ悪口めいたことを言ったのだが、寺井はそれを録音していた。松戸はガタイが良くて、頭はそこまで出来がよくないが、頭脳派の寺井と実は仲が良く、でこぼこコンビのような関係だったらしい。実際、松戸には体格差でねじ伏せられた『兵隊』が何人もいて、最初から勝ち目はなかった。そうやって、夏原壮太は六畳半の自室に緊急避難した。
『原因不明の不登校』から退学まで澱みなく手続きを進めた辺りまではよかったのだが、回復に長く時間をかけ過ぎた結果、緊急という意味合いは少しずつ薄れていった。両親が少しずつ俺に対する評価を下げていき、今は資源を消費する燃やせないゴミと同等の扱いだ。その目を見ないようにするには、部屋の中に籠る以外ない。スマートフォンとパソコンのインターネット回線が生命線だ。
 人間関係がゼロになったわけではなく、スマートフォンを通じた付き合いだが、中学時代の友人が数人残っている。高校を辞めたことは、誰にも言っていない。元の道へ戻るためにバイトをしたり、学校に通ったり。色んな選択肢があるが、今の自分にできないとは思わない。ただ、それより前に『できる』という確信が持てない。たまたま『寺井のような人間』と出くわしたら、そこで終わりだ。異物に戻るしか道はない。
 俺が全体重をかけて足を引っ張っている夏原家は、バリキャリエリートの父母と、不肖の長男である俺、そして今年高校二年生になった妹の愛梨で構成されている。四年前からは、三毛猫のシンディが加わった。父母の名前は、家族のアルバムを見ればどこかに書いてあるだろうが、今は思い出す気にもなれない。文句を言う資格はないが、父母は俺がイジメに遭って不登校になったという『非公式の原因』を、愛梨を通じてよく知っているはずだ。しかしそれは、エリート揃いの夏原家では恥の歴史として蓋をされているらしい。

 金曜日の夜は父母が定時で帰ってくるから、俺を除いた三人が食卓を囲むことになっている。午後七時になろうとしている今はまさにそのタイミングで、そろそろ小食の愛梨がお盆を持って二階に上がってくるころだ。ぺたぺたとスリッパで階段を踏む音が聞こえてきて、俺はドアの前に向けて体を傾けると、耳を澄ませた。
「お兄、置いとくよ」
 愛梨の声がドア越しに響き、俺は言った。
「あざす。毒は?」
「わたしが入れといた。早く楽になりなー」
 俺が笑うと、それを確認したみたいな間を空けてから、愛梨は部屋に入っていった。毒気のあるユーモアを持つ愛梨は、俺の数少ない味方だ。猫のシンディも懐いているから、ひとりと一匹。とにかく愛梨とは、昔から気が合った。幼いころからすれ違った人間が全員足を止めるほどの美人で、誰かの葬式で親戚が『悪い虫を引き寄せる顔』と評していたのをよく覚えている。ただ顔立ちが整っているだけでなく、どこか影があって、コーティングされていない性格を知る兄からすれば、底知れないぐらいに攻撃的だ。頭の回転も速くて、結局は五歳年の離れた妹だと思えるときもあれば、どう頑張ってもそう思えないときもある。
 俺の変調に真っ先に気づいたのも、愛梨だった。まさに、寺井委員長から松戸に文句が伝わった当日で、ほとんど観察されているような精度だった。
『学校でさ、嫌なことあってない?』
 当時、愛梨はまだ小六だったから、当然その口調は幼かった。しかし、おれがそれとなく揉め事の経緯を話して、口止めついでに『お前も気をつけろよ』と言うと、同じ幼さで『わたしは人を信用しないから大丈夫』という、大人顔負けの返事が返ってきた。そして愛梨は、俺が徹底的に忘れようとして部屋の中で布団を被っている間、絶対に忘れないように毎日思い出していたらしい。
 愛梨から教えてもらうまで知らなかったが、寺井委員長には妹がいた。あの兄からは想像もつかないが、体が弱くて、体育はいつも見学だったらしい。寺井佳世という名前で、愛梨の同級生だった。二人は、同じ公立中学校に進学した。文武両道で容姿という武器もある愛梨は、学校の中では誰も文句を言えない存在。派手な不良タイプとは真逆で、髪を染めたことすらなかったから教師からの信頼も絶大だった。最後の功績は卒業生代表に選ばれたことで、愛梨の中学校生活は最高の状態で幕を閉じた。
 対して寺井佳世は、中学校を卒業できなかった。何故なら、愛梨が取り巻き数人を使って、どの『女子グループ』にも入れさせなかったから。それだけでなく、取り巻きのひとりに頭のネジが外れた奴がいて、寺井佳代を『化学実験』の実験台にした。最終的には、飲み物に混ぜられた除草剤か何かが原因で、髪の毛がまだらに抜け落ちたらしい。そして、俺が最も恐ろしいと思ったのは、誰もイジメが行われていることにすら気づかず、完全犯罪に終わったということと、愛梨がネジの外れた同級生を止めなかったこと。
『あの子はバカだからねー。まあ、これでおあいこじゃね?』
 猫が小動物の死骸を差し出してくるのと同じように、俺に報告した愛梨は笑っていた。そのとき、この妹と気が合ってよかったと、心の底から思った。ただ、代わりに復讐してくれたという喜びよりは、敵に回すと命を取られるかもしれないという恐怖心の方が大きかったと思う。
 部屋の外に置かれたお盆を中に取り込み、叩きつけられるように盛られたご飯を平らげていると、ドアがノックされた。
「シンディがいないんだけど」
 愛梨の呆れたような声は、何故か俺に向けられている。公園で足元に寄ってきたのを飼いたいと言い出したのも、ミッシェルガンエレファントのバードランドシンディーから名前をとったのも、愛梨のはずだが。とにかく、父母には全く懐かないし、愛梨は『何かを探す』ということが苦手過ぎるから、消去法で俺が捜索係になるのは仕方がないとしても、元野良で放浪癖のあるシンディは気まぐれだ。俺も実際に探したことはなくて、窓を開けて待つぐらいしかしていない。
「外食してんだろ」
「それすら、やめさせたいんだよね」
 愛梨がノックを高速で繰り返し、俺は仕方なくドアを開けた。学校指定のジャージを着る愛梨は、俺の頭を見上げて笑いながら顔をしかめた。
「鳥、飼ってる?」
「お前の彼氏が、寝床に使ってるよ」
 俺が言うと、愛梨は薄く歯を見せて笑った。
「言いますなー。窓だけ開けといてよ」
「分かった」
 俺がそう言うと、愛梨は俺の頭を見上げながら言った。
「今日は、お兄の話が出た」
「抹殺計画か?」
作品名:Dollface 作家名:オオサカタロウ