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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shiv

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「即死じゃないっすね」
 飴玉を口の中で転がしながら、カラスが呟いた。私は、解体台の上に乗せられた死体を見下ろしながら、鼻からずり落ちそうになるマスクを引っ張り上げた。カラスは肺の中に溜まった血を指差しながら、続けた。
「傷口の血、息と一緒に吸ってから死んでるんで」
 マスクに手を掛けたままうなずくと、カラスは金髪頭を揺らしながら笑った。
「玲子さん、マスクしてると表情分かんなくて怖いっす」
 春川玲子というのは本名じゃないが、この業界の人間は皆そうだ。私はマスク姿のまま愛想笑いを返すと、呟いた。
「モズは、こうやって死ぬのも報酬の内だからね」
 このどうしようもない世間話の肴になっている解体台の男は、契約殺人で生計を立てている割に長生きだった。名前は伊山で、年齢は三十五歳。二十六歳になる自分からすると、あと十年近くも五体満足で生き延びるなんて、想像もつかない。伊山は人懐っこい性格で、深夜になるとロビーをうろついては、話し相手を探していた。私は同業者のことは基本的に好きじゃないけど、伊山に対してはそんなに悪い印象はなかった。だから今回の仕事は気楽に考えていたし、自分の役割も単純だった。殺しを終えた伊山をランドクルーザーで迎えに行く、ただそれだけだ。廃ホテルの近くにある、雑草が伸び放題のチェーン脱着所。そこが待ち合わせ場所で、白いシビックフェリオRSが目印。仕事を終えた伊山が中で待っているはずだった。そして、その点に関しては打ち合わせ通りだった。違ったのは、フロントウィンドウが穴だらけで、体の血のほとんどをシートに吸わせた伊山が運転席で崩れていたということ。右手からはグロック26が滑り落ちかけていて、一発を撃った跡があったから、ホルスターに手を伸ばして引き金を引く時間はあったということになる。しかし、カラスの言う通りなら、その直後に蜂の巣にされて、自分の血を吸い込みながら死んだ。その死に方は悲惨だが、ホテルからすれば銃弾はただの死因に過ぎない。そんな風に、死んで当然な人間同士にも、序列はある。例えば、今私がいる沖浜グランドホテルは組織の本部として機能しているから、そこに詰めている人間は重用される。上層部の数人は言うまでもなく、人事のアザミや、案件の取り纏めとモズの配置をしているサクラは特に。
 次は、銃や車といった道具を用意する手配役や医者の白井一家といった、お膳立てと手当てができる人間。同格で並ぶのが、喫茶パールのような外部の拠点。運営しているメンバーは優秀な人間が多い。ここで序列の壁があって、その壁の向こう側に現場で引き金を引く『モズ』がいる。
 手を汚す役割だから最も恐れられている。しかし、身体的な強さの代償に命は軽い。
 だからこの場でカラスが『伊山を殺したのは、春川さんっすよ』とアザミに耳打ちすれば、忙しくて確認する時間がない場合、アザミはカラスの言葉を一度は信じる。それが嘘と分かればカラスが制裁を受けることになるだろうが、事実関係を確認できるころには、少なくとも私はこの世にいない。少しだけ若くて血の気の多いモズが後を継ぐだけだ。
 カラスのエプロンに飛んだ返り血を見ながら、私は言った。
「口径は分かった?」
 カラスはアルミ製の皿に転がった八つの弾頭を眺めながら、首を傾げた。
「ホローポイントなのは間違いないっすね。にしても、首に一発、胴体に六発、太ももに一発って。マジ蜂の巣」
 愛想笑いの代わりに小さくうなずくと、私はお気に入りの紺色のスーツに視線を落とした。両袖は伊山の体を抱えたときに血を吸って、真っ黒に変色している。先に部屋に戻るか迷い始めたとき、階段を下りてくる足音を聞いて、ひとりで鉢合わせしたくない相手だということに気づき、姿勢を正した。ツグミは背が高いから、足音と歩幅で分かる。カラスが飴玉を噛んで潰しながら振り返り、手を振った。ツグミは解体台の前まで来るとカラスの肩をぽんと叩き、皿に乗った弾頭を見下ろしながらフクロウのようにぎょろりとした目を見開いた。
「おー、ほじくり返したね」
 噂にしか聞いたことがないが、先代は物静かだったらしい。それが事実だとしたら、今のツグミはその真逆だ。綺麗に整理された作業場の机や神経症的に丁寧な達筆は、仕事だからそうしているだけで、原色のどぎつい性格は、その話し方にだけ現れる。
「玲子さん、伊山っちと親しかったですか?」
 ツグミは八つの弾頭を細い指でつつきながら、言った。私が首を横に振ると、それを待ち構えていたように言った。
「全部9ミリですけど、この星形に開いてるやつは私の用意した弾です」
「どういうこと?」
 私が顔をしかめると、ツグミは肩をすくめた。
「伊山っち、一発撃ってるんですよね。多分銃抜こうとして、自分を撃ったんじゃないかな」
 カラスは飴玉の残りを飲み込んで、唇を固く結んだまま何も言わなかった。私は小さく息をつくと、フロントに繋がる通用口に目を向けた。この会話から逃れたいなら、出口はすぐそこだ。首から下げているペンダントに一度触れながら、私は言った。
「後はよろしく。伊山の装備は全部ランクルに入ってるから」
 ドアを一枚通り抜けたとき、カラスとツグミが声を合わせて笑うのが聞こえた。二人とも二十三歳、つまり私より三歳年下だ。しかし、その命はモズよりもはるかに重い。
『自分の足撃ち抜くとか、間抜けすぎ。なんで玲子さんが迎えなの。役割、逆じゃね?』
 カラスが早口で言いながら笑ったが、ツグミは全く通らない声質だから、その相槌は分からない。だから私は、本音の見えないツグミが苦手だ。フロントまで辿り着くと、受付に立つ双葉に言った。
「戻りました」
 双葉は八〇七号室の鍵を棚から抜くと、私の前に差し出した。
「おかえりなさいませ」
 一時間以内に、回収係が伊山の乗っていたシビックをレッカーして、戻って来るはずだ。『来たら教えてほしい』と伝言したいが、信用していいのかは分からない。双葉は去年までモズで、腕利きだった。私に仕事を教えた『恩師』でもあるし、何度か組んだこともある。それでも完全に信用するわけにはいかない。
「ご用命があれば、私はフロントにおりますので」
 双葉がそう言って頭を下げ、沈黙が流れた。私は周りに誰もいないことを確認してから、そこで堪えきれなくなってくすりと笑った。
「双葉さん、表情が硬いですよ」
「まだ練習してんだよ」
「どうして内勤になったんですか?」
 鍵を受け取りながら訊くと、双葉は口角を上げて誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「レッカーが戻ってきたら、お部屋に連絡を差し上げます」
 双葉はおそらく、現場から離れても生き残るだろう。表情からテレパシーのように、こちらの気にかかっていることを読み取ってくれる。私は小さく頭を下げると、食堂に向かった。深夜二時、アザミがノートパソコンと睨めっこしながら事後処理を考えている時間帯。非常灯で緑色に光る廊下を抜けてほとんど電気の消えた食堂に足を踏み入れると、キッチンに近い側の定位置にアザミが座っているのが見えた。特に手招きされたわけではないけど、私はそれとなく近い座席まで歩き、その黒縁眼鏡越しに目が合うのを待ってから、頭を下げた。
「こんばんは」
作品名:Shiv 作家名:オオサカタロウ