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そこに彼はいたか

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 時計はもう、世界を四分の一、進もうとしていた。
 会社から家は遠い。まいにち快速に乗り、始業よりすこしだけはやめに着いたら、朝食を行うと決めている。たべるのはまいにち自分のデスクで、最寄のコンビニのすみにおかれている、カフェオレだけ。不人気のそれはいつも商品の位置やらそろいかたが、ほかの商品よりも手付かずで、ラベルに書かれている商品名は自分にまっすぐと向いている。おそらく、自分がいちばん手前におかれている商品をとるまで、店員が配置したままでいるのだろう。毎朝の恒例、習慣といっていい。
 その習慣がはじまったのはいつごろだろう。彼と別れてからだろうか。一年前までものであふれかえっていたこの空間も、彼がいなくなったあとは整理されることはなく、自分の仕事の書類とすこしの生活雑貨だけが、すこし浮いたように置かれているだけだ。だから、この空間を家もしくは部屋とはよばず、あなぐらと呼ぶことにしている。彼がいなくなってから、この空間に意味はなくなり、この空間は、ぐうぜんできた穴で、そこにたまたまものがあるから住み着いているようなものだ。だって、部屋には彼が買ってきてくれたはずのカーペットも、マットも、ふたり用のテーブルもベッドも、もうなくなってしまったから。
 そのもののない空間で、時計が六時をさすまえに、ひとり、床でまぶたを閉じる。床はカーペットがない(だって、彼と別れてしまった)から、フローリングがむきだしで、すこしつめたいけれど、でも散らかった書類の紙のあたたかさで、肌がびくつくことはない。シャツやジャケットがしわにならないように、ぱりっと下に引っ張って、いつものように目を閉じる。
 時計は騒音対策に、かちかちという音の鳴らないようにしてあるやつだから、部屋にひびく音は何も無くて、ただ、たまにとなりやうえやしたから、生活の音が聞こえてきたりはして、さまざまな部屋のさまざまな生活のにおいをかいだりしながら、あの感覚を待つのだ。六時きっちりに、からだをゆさぶる、彼の手の感覚を。
「……、」
 ほら、また、きた。
 彼がやってくる。
 左腕に、わずかな重み。ぱちりと、目を開く。そこに姿はなく、床から起き上がった。その動きに、あたまのしたやからだのしたに敷かれていた書類がはらはらと、なんまいか舞い上がった。
作品名:そこに彼はいたか 作家名:藤沢藤秋