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人生×リキュール ノチェロ

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 所属するパーティーやギルド内の礼儀やルールを重んじ、フレンドを増やし経験値を重ねてステータスを上げ、強くなっていかなければ仲間の足を引っ張ることになり、迷惑をかける。
 一人では遊ぶことすらできないのだ。
 彼は遣り切れない思いに駆られる。
 始めた当初は当然戸惑った。若葉の彼は勝手がわからず、誤爆やスタンを連発。必死に攻略を勉強するも実践が追いつかず、パーティからキックさせられたことは何度もある。党同伐異。仲間と呼ばれるメンバーは、誰一人彼を庇ってはくれなかった。彼はその度に心を痛め、現実が辛くて逃避してきたはずなのに、どうしてこんなところでも見ず知らずの他人から誹謗中傷され慮外な言葉を目にしなければいけないのかとぶつけようもない憤りを抱えた。
 この世界においても自分は拒絶されるのかと退会を考え始めた頃、同じくお一人様のノチェロと偶然共闘したことで救われたのだ。
『あたしも若葉で折れそうだった』ゲーム内で初めて得られた体温のある言葉に女神だと思った。
 それ以来、ずっと一緒だ。
 ノチェロは多弁ではない。必要最低限だが、ストレートな表現をするところも気に入っている。

オレ     ーレベ上げしてPKKになったる٩(๑`^´๑)۶
ノチェロ   ー o(≧▽≦)o 8888
オレ     ー死亡フラグ立つかも
ノチェロ   ーサポートする(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
オレ     ーサンガツ( ̄^ ̄)ゞ
ノチェロ   ーレベリングがんばるᕦ(ò_óˇ)ᕤ
オレ     ーwktko(^▽^)o

 時刻を確認すると、深夜一時を回っている。外出の頃合いだ。
 彼はノチェロに買い出し休憩を告げると、スマホと鍵をスウェット素材のズボンポケットに突っ込んで扉を開けた。
 人が活動している時間帯には近付くだけで極度の緊張と恐怖を伴い、まるで冥界と現世を塞ぐ道反岩のような禍々しい存在感を発している扉も、誰もが寝静まっている時間帯ともなれば、いとも簡単に通過できる。
 足音を忍ばせ極力気配を消して玄関へと降り、音をさせないように解錠すると外に出る。
 慎重に鍵をかけると、自宅前の住宅道路に踏み出した。
 新鮮な夜気に混じって花の香りがする。見上げると白く煙るように梅が満開だ。その背後に広がる星空がこんな非常識な時間にうろつく彼の背徳感をほぐしていく。
 これは何度目の春だ?
 自分だけが、この世界の時の歩みから遁れているような錯覚を捨て切れない彼は、疑問こそ抱けど、己の歳が今いくつなのかすら知ることを拒絶していた。
 オレには関係ないな。そう割り切ることにしている。そうしないと、圧し潰されそうな不安が、狂いそうな焦りが、忘れたはずの恐怖が怒濤の如く押し寄せてくるから。
 かつて彼は、有名進学校に通う、いわゆる頭脳明晰な男子高校生だった。
 彼は両親の自慢の息子。
 ご近所でも神童と噂されるほど幼い頃から優秀な子どもだった。
 一介のサラリーマンに過ぎない父と女子校を卒業してすぐに結婚した平凡な母という鳶夫婦から生まれた鷹。彼自身もそうであると疑わなかった。学校でも塾でも成績上位をキープし続け、すべからく東大にいくのだろうと当たり前のように期待され、彼自身もそのつもりでいた。けれど、
 魔が差した。そうとしか言いようがない。
 東大の受験時、余裕綽綽で回答し終えた彼は、まだ手を動かし続けている隣のツンケンした態度の整った顔立ちをした女子がどんな回答をするのかが不意に気になった。
 彼は躊躇せずに、彼女の答案用紙を覗き込もうとした。その拍子に試験監督に指名されてしまったのだ。
 カンニング行為に及んだとして、彼は不合格の烙印を押される羽目に。のみならず、誰もが知る東大でカンニング者が出たという話題性からニュースでも大々的に取り上げられる事態となってしまう。
 彼は未成年なので名前や学校名は伏せられはしていたが、どこからともなく在籍校や彼の情報がネット上に流れ出し、瞬く間に有名人になった。もちろん悪い意味でのだ。
 親族を始め教師やクラスメートなど彼を取り巻くほぼ全ての人間から卑劣だの陋劣だの悪辣だの恥知らずと罵倒され、挙げ句に疎外された。
 両親に至っては、不慮の息子という存在を持て余しているようだ。
 不遇を託つつもりは毛頭ないし、自業自得だと認識はしているが、じゃあそこからどうすればいいのかはわからない。なぜなら、これまでの努力を水泡に帰すような愚かなことをした彼に一番混乱していたのは、誰でもない彼自身だったから。
 現実の自分にバフをかけられず、かといって彼を取り巻く煩わしい連中にデバフを施すこともできないまま、ただ逃げて遮断するしかなかった。
 時々苦々しく思い出しても、どうして自分はあんなことをしてしまったのかは心情をいくら探ってみても未だわからず終いのままだ。きっと自分はヘイトが高かったんだと思うことにしている。なので正確には、彼は超有名国立大学である東大の受験に失敗したのではなく、自ら成功を投げ捨てたのだが、それだと体裁が悪いので事情を知らない人(ネット内で主にゲーム内、主にノチェロ)に聞かれた場合には失敗したのだと告げるつもりでいる。
 天下の東大だもん無理もないよで、確実にすんなりと納得してくれるだろう。それにしても・・・
 彼は視線を上げると、一際目立つオリオン座をゆっくりとなぞる。
 オレ、いつまで、こんな体たらくで、いるんだろう?
 誰に言われなくても自分で充分過ぎるほどわかっている。このままじゃいけないことくらい。
 わかってはいても時間が経てば経つほど、ゲーム内でレベルアップすればするほど動けなくなっていくのだ。それでも、ログインすればノチェロがいる。彼女がいれば、このままの人生でも大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
 これは、恋だろうか?
 彼のうちにほわっと温かい気持ちが灯る。まるで、星空に立つあのコンビニの看板灯のようだと行く手を仰いだ。
 自分とノチェロは、かけがえのないパートナー。だが、この想いを告げる日が訪れることは永遠にないだろう。
 告げたところでどうなるものでもない。所詮、現実世界での生身の自分と彼女は他人。
 それに、彼女はあまり変わらないのかもしれないが、自分はアバターとは似ても似つかない醜男なのだ。
 彼女を失いたくはない。
 現状維持のまま、その年の春を迎え、夏が終わり、秋が消え、大晦日まで十日を切り、カウントダウンが始まった。
 世間が年内の追い込みで忙しい中、彼の生活は変わらない。ノチェロとの関係も維持されていた。
 迎えたクリスマス、毎年恒例のクリスマス限定イベントに二人で参加し、フォトスポットでSSしてはしゃぎ、まるで、クリスマスデートをしているような気分で盛り上がっていた。

オレ     ー今年もクリぼっち回避Thx
ノチェロ   ーこちらこそ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
オレ     ー来年もよろ(v^_^)v
ノチェロ   ー(´・ω・`)

 曖昧な顔文字で返答してきた理由を、もっと突っ込んで聞いておけば良かったと彼は後々後悔することになる。