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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Shred

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 月曜日の朝は、誰もが憂鬱。電車に乗れば、乗客の顔色がそう証明している。しかし、家の中で両親が別居状態の増山はるかにとっては、学校こそが救済で、委員長として輝ける場所でもあった。県立双見高校は進学校だが、不良と無縁ではない。学年主任は、増山のように不良と真面目な生徒の両方と話せる存在は貴重だと言い、原石を見つけ出したように目を輝かせた。顔が広い本当の理由は、増山家の仕事が煙草屋で様々な不良に煙草を融通しているからだが、もちろんそれだけではなく、増山のからりと乾いた性格によるところも大きかった。清濁併せて、それがほぼ濁流であっても、数パーセント透き通った部分に価値を見出せるタイプ。幼少期の増山は、少しの濁りでもあれば嫌悪感がすぐ顔に出るような潔癖症に近い性格だったが、世間で自分たちの商売がどのように見られているかということをニュースや雑誌などで知る内に、元々足元から濁っていたのだという悟りに近い感情を得た。
 まだ七時だから、乗客の中には学生の姿はない。元々委員長の仕事があるだけでなく、八時前に出没する痴漢を気にしなくて済むし、何より増山たばこ店が開く前だから、両親の余所行きの声を聞かされることもない。母の快活な『おはようございます』や、父が常連に『キャスターね』と言うときの優しい声。家の中では、どちらも聞いたことがない。
 駅の出口はそれなりに寂れていて、快速は当然停まらない。改札を出たらトラップのような階段があって、それを無事下りたら猫の額ほどの歩道を挟んですぐに横断歩道。おまけに往来は多い。轢かれることなく三年間耐えられたら、それだけで表彰してほしいぐらいだ。増山は早足で歩き、駅と学校の中間地点にあるコンビニへ入った。サンドイッチを一つとブルーベリー味のジュースを手に取ると、レジで精算しながらカウンターの後ろに並ぶ煙草を見つめた。ここに全部あるんだから、わざわざ店舗で売らなくてもいいと、見るたびに思う。コンビニなら、番号で言えば通じるのだ。ボックスだとか、フィルターだとか、いちいち用語を覚える必要もない。袋の端をくるくると丸めて持ちやすくしてくれた店員さんが、言った。
「今日はいつもより早いね」
「ちょっと用事が多い日なんです」
 増山は笑顔で言うと店から出て、学校までの道を早足で歩いた。正門の周りは静かで、空気は張りつめている。その空気の端っこに、守衛のおじさんが一人立っているだけ。この時間にやってきて挨拶を交わす小柄な一年生の顔はとっくに覚えられていて、守衛のおじさんは目が合うと、少しだけ門を開いてくれる。増山は挨拶を交わすと門の隙間から滑り込み、職員用駐車場に繋がる通用口のドアを開けた。生徒が通ることは許されていないが、増山がそうすることに対して文句を言う先生は、今のところいなかった。停まっている車はまばらで、朝早く来て仕事を片付けるような、真面目な先生しかいない。増山は歩くペースを少し緩めて、ようやく我に返ったように朝の空気を吸い込んだ。ショートボブに揃えた髪の隙間を風が抜けていき、期待していた通りに体は軽くなった。色んな車が並ぶ駐車場は、高校の中で唯一、大人の世界に感じる。職員室はあくまで生徒のための部屋で、色んな人間が出入りする。でもここには大人しかいない。自分も早く、こっち側へ行けたら。そのまま駐車場を抜けようとしたとき、増山は思わず足を止めた。端に停められた、シルバーのホンダフィット。フロントバンパーが割れて、ナンバープレートが傾いている。職員室のドアをノックしてから開き、パソコンの画面を見つめる藤松の後ろまで近づくと、増山は言った。
「おはようございます。せんせー、事故りました?」
「おはよ。お見通しかい。事故ったわよ。しかも私が追突じゃい」
 藤松はノートパソコンから顔を離してのけぞるように伸びをすると、伸ばし過ぎた副作用のように一度咳き込んだ。増山は、藤松の体が伸びた分を避けるように横へ一歩動くと、言った。
「先週の金曜ですけど、電車で来てたんは事故のせいですか?」
「うん、セルフ制裁的な」
 藤松はそう言うと元の姿勢に戻り、笑った。増山は神妙な表情で、藤松の全身に視線を走らせた。
「お怪我ないですか?」
 増山の視線に気づいた藤松は、医者にチェックを受けたように姿勢を正して、微笑んだ。
「ありがと、ないよ。相手の人も、不問に処してくれたし。しかもさ、安い工場まで教えてくれたから、見積もりも取ってもらえた」
「不問に処されたん、ラッキーじゃないですか? いい人で良かったですね」
 増山が言うと、藤松は深く納得したようにうなずいた。
「うん、まさに。でもなー、なんかめっちゃ固い部品に当たったみたいで、相手の車はびくともせんかったな。なんかジープみたいな、ベージュの」
「そうなんですか。こっちばっか傷ついて、なんか損ですね」
 増山はそう言って、食い込んだ鞄の紐をずらせた。肩のまだ新鮮な部分に紐が落ち着いたとき、藤松の横顔があからさまに暗くなったことに気づき、ヒントを求めるように視線を動かした。そんなにショックだっただろうか。どうせ追突するなら、相手も木っ端微塵にしてやりたかったとか、今更思った?
「まあ、そうかもね」
 藤松は正気に戻ったように、いつもの調律された笑顔で言った。増山は委員長らしく歯を見せて笑顔を作ったが、どうせ事故るなら相手も潰してやりたかったという意見で一致して、教師と生徒がお互いに笑い合うのは、やはりどこかおかしい。増山が次に言うことを考えていると、藤松は案内用の資料を印刷し、プリンタが音を立てるのに合わせて立ち上がると、小走りで取りに向かった。増山は、主がいなくなったデスクの上にさっと視線を走らせた。藤松は几帳面で、ペンを置く位置や鞄の角度まで、ほとんどが決まっている。端に置かれたスマートフォンを見た増山は、目を丸く開いた。地雷が分かった。スマートフォンのカバーが変わっている。それも、型番が合っていないものを無理やりはめこんでいるから、端が歪んでいる。ちゃんと確認せずに、土日に買ったんだな。そして、前までつけていたカバーは、彼氏と色違いだったはず。増山は深呼吸すると、パンフレットと資料を持って帰ってきた藤松に言った。
「三十分前に来るんですよね」
「うん」
 藤松が言ったとき、それを待っていたようにドアがノックされた。増山が振り向くよりも早く藤松が立ち上がり、腕時計に一瞬だけ視線を落として入口に駆け寄った。
「迎えに行ったのに。正門、通れた?」
 増山は、ドアを開いた藤松のすぐ後ろまで追いつくと、隣に並んだ。転校生の初日らしく、制服をカタログ通りに着こなしているが、電車で立ち位置を失ったまま揺られたように、髪がやや乱れている。それでも、その立ち姿は他のどの一年生よりも凛としていて、隙がないように見えた。
「守衛の方に事情を話して、通して頂きました。本日より転入します、蓮町理緒と申します。よろしくお願いします」
 蓮町は深々とお辞儀をした。その礼儀正しさに、藤松と増山は同じ仕草で気圧され、藤松が自分を指すように胸に手を当てて、言った。
「私は担任の藤松里美。よろしくね」
作品名:Shred 作家名:オオサカタロウ