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短編集121(過去作品)

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走り回る女の子



               走り回る女の子


 津田正二郎は、時々自分に人にない能力があるのではないかと思うことがある。
 人にはできない何かができるというわけではないのだが、時々霊感のようなものが頭をよぎるからだ。まだハッキリとは分からないが、そのうちに何かを予知できるのではないかと思えるくらいで、胸騒ぎのようなものを感じていた。
 ゾクゾクと身体が震えてくるというのか、会社の帰りに駅を降りてから家に帰り着くまでの途中でいつも感じていた。角から角まで一面に広がった白壁があり、その向こうには大きな屋敷でもあるのだろうと思っていた。最近までは知らなかったが、実はそこには墓地があるという。
 霊感が働いているのではないかと感じたのは、墓地と聞いたからだ。霊感というとあまり気持ちのいいものではない。どちらかというと怖がりの津田には、霊感など必要のないものだ。
 霊感の強いのは母親だった。
「時々、怖い夢を見たりして、かなしばりに遭ったりするのよ」
 と言っていた。その母親も、三年前に交通事故であっけなく亡くなったのだが、なぜか、あまり悲しさを感じなかった。
 あまりのことに気が動転してしまって、信じられないというのが本音だったのだろう。気がつけば葬儀も済んでいて、すべてを父親がこなしていたが、父親も気丈で、あまり悲しんでいるようには見えなかった。
――そういえば、お母さん、いつも一人ぼっちだったような気がするな――
 あくまでも亡くなってから感じることで、生きている時は、そんなイメージの欠けらもなかった。
 近所づきあいがうまく、町内会の出ごとも多く、よく町内会からの旅行や会合に参加していた。そんな時の母親が一番印象に残っているはずなのに、亡くなってしまうとなぜか寂しそうにしていたイメージが一番強い。
 町内会の人たちは、どちらかというと自分たちの内輪で固まる傾向にあった。
「こんにちは」
 と母親が世話になっているからと思って挨拶しても、
「こんにちは」
 鸚鵡返しで同じ言葉が返ってくるだけである。しかも、声のトーンは低く、内輪で盛り上がっている時の声から、二オクターブくらいトーンが低いような気がする。
 どう見ても、どこにでもいるおばちゃんにしか見えないが、その中に母親が入ると、母親だけは、まだまだ若く感じるから不思議だった。
 子供から見ているからかも知れない。贔屓目には違いないだろう。だが、母親が正二郎の友達との挨拶や会話は、実に楽しそうである。実際、町内会の内輪で集まっている連中も、ひとたび内輪から離れると、実に面白くない人生を歩んでいるに違いない。
――何が楽しいんだろう――
 そんな人たちと一緒にいて、母は本当に楽しいのだろうかと思ったりもするが、母親がストレスもなく輝いているのは子供としては嬉しいものだ。そういえば、子供の頃からあまり怒られた記憶もない。
「羨ましいな。俺も津田君のお母さんの息子になりたいよ」
 ウソか本気か、ぼやいている友達もいた。
 そんなやつの母親に限って、挨拶をすれば、例の二オクターブくらいトーンが低い声しか返ってこない。それなら、こちらからも挨拶したくもないというものだ。
 さすがに子供に文句は言えない。黙っていたが、友達にも薄々その気持ちは分かっていたに違いない。しばらくすると、疎遠になってしまった。お互いに気を遣うようになってしまったことが、わだかまりを生んだのだろう。そう思うと、母親が子供に与える影響は大きいものだ。
 だが、友達というのは大切なもので、またすぐに仲直りができる。今度は母親のわだかまりのない本当の友情が生まれ、お互いに気を遣っていることが癒しになると思うようになった。
 親友という言葉、本当はあまり好きではない。親と友達を比較するなどというのはナンセンスだと思っていたからだ。大体、友達との間に親が介入するということは、思春期の青年にとっては、屈辱的なものである。親の影が少しでも見えれば疎遠になってしまうのも仕方がないことで、それを乗り越えられてこそ、真の親友と言えるのかも知れない。
「親友ではなく、真友と書いた方がいいかも知れないな」
 紙にボールペンで書いたことがあった。その時に友達も、
「まったくだ」
 と言わんばかりに大きく頷いていたのが印象的だった。
 小学生の五年生にもなると、早いやつは反抗期と呼ばれるものに入ってくる。親や先生に対して反抗してみたくなるのだ。もっとも。あんな母親になら反抗してみたくなっても仕方がないと思うが、それにしても正二郎には分からない感覚だった。
――俺に反抗期なんてないんだろうな――
 最初は真剣にそんな風に考えていた。学校にいても、先生に反抗する気も起こらないし、成績はそんなにいいわけではなかったが、普通に勉強が好きだった。
 特に六年生になってから、社会科に歴史が増えてくると、勉強の幅が広がったように感じてきた。
 正二郎は歴史が好きだった。先生が楽しかったというのもあるだろうが、勉強すればすれほど、いろいろ奥が深そうに感じたのは歴史が最初だったからだ。
 実はゲームやテレビアニメで、歴史に関しての基礎知識のようなものはできていた。入りやすかったのも事実で、勉強すればするほど、ゲームも楽しくなる。まさしく趣味と実益を兼ねることができるからだ。
 ゲームが好きな友達はたくさんいるのに、歴史はどうも苦手というやつが多い。
「どうしてなのか?」
 いろいろ考えるが分からない。
 だが、反抗期のないやつなどというのは、本当にいないのだろう。そんな正二郎にも反抗期が訪れた。要するに遅れていただけなのだ。
 それまでの母親の優しさ、そして先生に対して素直な気持ちになっている自分に対し、もどかしさが出てきた。何かがあったというわけではないのだが、ただ一緒にいるとイライラしてくる。
 優しさがもどかしく感じるなど、想像したこともなかった。優しさとは、癒しを感じることができ、与えられて当たり前だと思っていたのだ。それだけに母親にもどかしさを感じている連中の気持ちが分からないし、おばちゃん連中は他人だと思っていた。
 自分の母親に憤りを感じるようになると、おばちゃん連中はさらに他人のように思えた。自分の母親だけにもどかしさを感じるのだ。
 母親にもどかしさを感じると、それまで優しさに甘えていた自分にもどかしさを感じる。一番もどかしいと思っているのは、本当は自分に対してだったのかも知れない。
 ある日突然襲ってきた反抗期。本当なら、まわりが反抗期になった時に自分も遅れまいとしてまわりを見ることで自分も反抗期に突入したような気分になるものなのだろうが、正二郎にはそんなことはなかった。
――他の人と一緒では嫌だ――
 と思っていたからかも知れない。
 母親にも同じところがあった。絶対に譲れない何かがあるから、おばちゃん連中とは違った雰囲気を醸し出せるのかも知れない。
作品名:短編集121(過去作品) 作家名:森本晃次