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2001年9月・10月・11月、アメリカの同時多発テロ

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《2001年9月・10月・11月》
ニューヨークの世界貿易センタービルの崩壊を思い出します。

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◆9月13日/史上最悪のテロ

いやはや何と言ってよいのか分からない、とんでもない事態が起こったものです。TVなどであの場面を誰もが何回くらい見た事でしょう、全くパニック映画の1シーンとしか思えない超弩級の迫力に、言葉はありません。

約60年前の「真珠湾」を上まわる死者数になるのは間違いなく、それも一般市民が犠牲になってしまい、米国民でなくとも戦争の雰囲気が漂う嫌なムードを感じさせます。少なくとも報復の攻撃は避けられないでしょう。

それもかなり強烈な行動に出る可能性があり、中東方面はまたもや米軍(資本主義国)の攻撃を受けるのでしょうか。

そもそも米国本土はあの第二次世界大戦中も1度として戦火にさらされていません。ヨーロッパや日本はまさに焦土と化し、アジア各地も大きな犠牲をはらっています。今回の大事件はアメリカが初めて体験する本土爆撃に匹敵する事態なのです。

いろんな場面で世界の中心であるアメリカは、それ故に世界の警察を自負するところがあります。この100年くらいは完全にアメリカ主導なのは間違いないところ。

しかし異なる宗教や文化を有する国に対しても、その頭を抑える仕打ちを行ったのも否定出来ず、今回は逆に過去の行いに対して報復されたと言えそうです

最近、あの洞窟の大仏を破壊して、とみに注目を集めるテロ集団の「タリバン」にアメリカは照準を合わせるかも知れません。前回の湾岸戦争でイラクは体力があまり残っていない。

大体、クゥエートにちょっかいを出したイラクにさえ攻撃を仕掛けるアメリカです。本国での超特大テロへの仕返しは、もしかしたらアフガニスタンが無なくなる位に痛めつける可能性もあります。

しかし忘れてならないのは、あくまで相手は「タリバン」というテロ集団で、アフガンという国ではありません。確かに今回はアメリカの一般市民に多数の犠牲者が出ましたが、今まで散々世界の各地を叩いて来たアメリカ…パールハーバーの仕返しが原爆だった…のシナリオは避けて欲しいものです。

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◆10月6日/宇宙の形

このところ、ニュースの半分はあの超特大テロの事。もう3週間ほどになっても、次々と新しい展開になり、いつまでもニュースとしての新鮮さがあります。まさにマスコミにとっては素晴らしくおいしいネタと言えます。

昨日はテルアビブ発の旅客機が原因不明の爆発を起こし、黒海付近に墜落したとの報道で、まさか次のテロでは…と一瞬誰もが思ったに違いありません。

今日になって、ウクライナ軍の誤射であったらしいという事が判明したものの、70人ほどの死者が出た大きな事故にもかかわらず、あの大惨事の後だけに、そんなに目立たちません。あのシーンがいかにすごい衝撃だったかと言う事でしょう。

世界貿易センタービルが崩れ落ちるシーンはまさに映画の世界そのものでしたが、映画の中では、たいていは小惑星などの落下物とか宇宙人の襲来とかが殆どで、それはSFの空想の出来事です。

30年ほど前に上映された、S・キューブリック監督の作品「2001年/宇宙の旅」の2001年は、実は今年…と思うと、あの映画の上映時に比べてこのところの宇宙開発はとんでもなく停滞しているように思えます。

あの頃は米ソ両国の宇宙へ向けての開発競争が激しく、すぐにでも宇宙ステーションが出来そうな雰囲気がありました。

もしあのまま経過していたら、今頃はあの「宇宙の旅」の映画のように、宇宙ステーションでお茶を飲んでいてもおかしくありません。なかなかスムーズに進まないものです。   

宇宙に行くために膨大な開発費が必要で、その算段が出来ないのが一番の理由と言われますが、それは仕方がない事。まあ、宇宙の形を楽しむだけでも良いのかも知れません。

先日、銀河系にそっくりの星雲を真上から写真に撮った記事が新聞に掲載されていました。斜め上から撮った星雲はアンドロメダ星雲が有名ですが、それにしても何十万光年という彼方にある計り知れない巨大な星の集合体が、何ときれいな渦巻きなのか…まさに大自然(神)の成せる最大の造形美です。

そんな姿を写真に撮れる人間の英知にも尊敬の念を抱きます。テロとか戦争とかあっちにおいて、もっと宇宙に飛び出しましょう!

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◆11月23日/情報の受け取り方は?

この1ヶ月ほどの間、アフガンへの空爆とタリバンの撤退、アメリカの炭ソ菌騒動、日本国内の狂牛病の発生による牛肉問題、小泉首相の改革案に対する与党内の確執…等々、何だかめまぐるしくニュースのネタが現れては消えて行きます。

マスメディアによる情報の早期伝達は確かに有難い。世界中のどんな所で発生しても、数時間後には茶の間のTVや車のラジオでそのニュースを知る事が出来ます。

あらゆる情報が往来していますが、しかし、問題はその殆どが深刻な内容だと言う事です。それはある程度仕方ないにしても、良きにつけ悪しきにつけ色々な情報が各個人の生活にどれだけの影響を与えるのか…確かに情報は多くなっても、果たしてどの程度役に立っているのか分からないのも事実です。

30年程前からニュースが一般的になり、にわか知識人が増加しています。そして現在は膨大な情報量に振り回され、知っていても仕方ないような事柄まで知っていないと置いてきぼりを食った感じを持ってしまいます。

本来の「本を読んで勉強し、物事を自分の頭で考え、感性で創造する。」と言ったようなやり遂げる満足感がなかなか持てない時代になってしまっています。

特に子供時代には独創的な発想を持って欲しい。TVやゲームなどで与えられた映像や選択ばかりで育っていくと、何の魅力もない一律人間にしかなりません。本物の魅力ある若者が今の日本にどのくらいいるのでしょう。

もしかしたら飢えや貧困がやって来ないとも限らない。あっという間に人間的弱さを露呈するのは、そんな若者かも知れません。

少なくとも自分の回りの子供たちには、TVゲームは持たなくてもスポーツなら任せろ…と言える子供になって欲しい。歌や踊りやファッションショーの発表会に出る…と言う子供たちともっと触れ合いたい。

子供は子供らしく育つ環境とはどういう事でしょう。まだまだ捨てたものではない、と言える社会を作るのは大人の責任でしょう。