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星に願いを:長門 甲斐編

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弟には「半身(はんしん)」がいた

同じ日
同じ病院

同じ父親を持つ、「半身(はんしん)」がいた

食堂(ダイニング)の食卓机に缶麦酒二本
摘みのスナック菓子を並べるも飲む気も食べる気もない

物を置く、其の音に居間(リビング)の長椅子に寝転がる
彼氏が眠気眼を擦りながら上半身を起こす

「、長門?」

頷きながら手にした缶麦酒を手渡す為、長椅子に向かう

万一の場合に備えて晩酌を控えていた
彼氏への心許(こころばか)りの礼だ

半分、引き篭もり状態の人間が行き先も告げず連絡も取れず
居なくなるのは、怖い

途端、思い出す

寝台(ベッド)の枕元、電源の入らない携帯電話
充電器に挿し込む事を忘れた自分に呆れる

呆れるも充電した所で弟が携帯する保証はない、と弁(べん)ずる

「土産(みやげ)?」

「な訳ねえよなあ」と、笑い声を漏らす「彼氏」と「弟」は犬猿の仲だ

縄張り意識が強い「弟(サル)」は
出身校が違う、其の理由だけで「彼氏(イヌ)」を毛嫌いしているが
「彼氏(イヌ)」の方は其れ程でもない

唯、「喧嘩両成敗」が我が家の規則(ルール)だから
唯唯、精神年齢糞餓鬼の「弟(サル)」に付き合ってくれているだけだ

「当然、「門番」としての報酬を頂いた迄」と、お道化るも笑えた気がしない

自分には負い目がある

「弟」にも
「彼氏」にも負い目がある

「座れよ」

差し出す缶麦酒も受け取らず自分の腕を掴むと一気に引き寄せる
「座れよ」と促す割には飽(あ)くまで強引だ

まあ、抵抗する隙も理由もないので
素直に彼氏の胸元に背中を凭(もた)れ掛け
自分を抱き抱える、学生時代は喧嘩に明け暮れた厳(いか)つい拳に目を落とす

其の左手の
其の薬指にした「指輪」を見詰める

「何時になったら御前、指輪してくれんの?」

自分の視線を追跡した彼氏が
自分の左手、薬指を弄(もてあそ)びながら訊(たず)ねた

「長門が」

案の定、言い淀む自分の頭頂部に
鼻先を埋(うず)める彼氏が自身の言葉を引き継ぐ

「分かってる」

「長門が心配なんだよな」
「分かってる」

然(そ)うして頷くように彼氏の肩口に顔を寄せれば
彼(あ)の日の事が思い出される

彼(あ)の日は何時(いつ)?
彼(あ)の日は昨日のように、今日のように、明日のように

遠近(をちこち)、蝉時雨が喧(やかま)しくて
雨後の午後は蒸気浴(サウナ)の如(ごと)く蒸し暑くて
眩暈を覚える所か眩暈の中にいた気がした

天を仰(あお)ぐ事もなく
地を俯(うつむ)く事もなく隙間の景色を眺めていた

「誰の葬式?」

何処も彼処(かしこ)も生まれた時から変わらない、見慣れた景色
何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も生まれた時から変わらない、見慣れた顔

御陰(おかげ)で冠婚葬祭には事欠かない

当月(とうげつ)、結婚式に参列すれば
翌月、葬式に参列する

然(そ)うした日常に「弟」は麻痺していたのかも知れない

其れ以上に「弟」は尋常ではなかった
其れ以上に「自分」は尋常ではなかった

「弟」の台詞に
もう一人の「弟」を見送る「愛人」の姿に血が逆流する

気が付けば「弟」の短 蘭(ラン)の襟首に掴み掛かり叫んでいた

「!貴方(あんた)が!」
「!!貴方(あんた)が死ねば良かったんだあ!!」

自分自身、火事場の馬鹿力なのか
「弟」自身、抜け殻なのか

引き倒す勢いで襟首を引っ張った瞬間、「愛人」が自分にしがみ付く

其の儘(まま)、諸共(もろとも)に地べたに引っ繰り返る中
尚(なお)もしがみ付く「愛人」が「何かしら」叫んでいた気がした

「何かしら」は今も分からないまま

自分は駆け付ける「彼氏」に抑え込まれながらも
必死に放す気のない「弟」の襟首を揺さ振り、繰り返し叫んでいた

「母親」は草葉の陰で歯軋りしている事だろう

其れでも

此処で「幸せになる」か
此処で「不幸せになる」かは、もう一人の「弟」次第

其れなのに
其れなのに

自分には負い目がある

「弟」にも
「彼氏」にも

「愛人」にも「母親」にも負い目がある

彼(あ)れ以来、後悔で一杯だ
彼(あ)れ以来、不安で一杯だ

「弟」が

何時か
何処か

「死」を選ぶのではないか
然(そ)して其れは紛れもなく自分の所為(せい)だ