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美しき闇

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美しき闇

京都の町中には独特の雰囲気がある。高名な版画家が京都の年の暮れを、寺や町家など、瓦屋根を描いて表現していた。窓からこぼれ出るようなほのかな灯りが人の気配を感じさせる。それは暖かい。町の周りは漆黒の闇が包んでいる。それは冷たい。音はいっさい感じられない。静寂を破ろうと鐘がひとりでに鳴りだしそうな、あまりにも森閑とした光景であった。

親しい男たちの顔が浮かんでくる。慎重にチェックしていく。あの男が最適だろう。
PTAの役員をしていて知り合い親しい男友達と言ってよい。都心の高級マンションに一人住まい、もう70歳ぐらい、親の世代だ。あの男は団塊の世代の特徴か、理屈ぽいが、総じてやさしい雰囲気がある。身をゆだねても間違いはなさそうだ。

肩までかかる黒髪が遠い記憶を呼び覚ました。妻は家出してしまい、今晩もひとりきりの晩ごはんになるはずだったから、女からの食事への誘いに応じた。恋愛感情とかはなにもないはずだ、女はただ食事に誘おうとしただけであると軽い気持ちで会うことにした。
なじみの店にした。奥の空いている席を選んだ。
「日本酒はどう?」
「そうしましょう」
「お酒、好きですか?」
「Hさんに仕込まれたから」
女は男を嬉しがらせる言葉を投げた。仕込まれたとは猥雑だなとたわいもない連想を楽しんで、男は一挙に機嫌が良くなった。
「仕込まれた、ふーん、盛り上がるねえ」
男は大の日本酒党、女との食事にはかならず純米酒をすすめてきた。
「高そうですね、自分のお金では来られない」
「早く酔っ払って、家に帰ればええやん」
男は思いつくままの言葉を投げかえした。
「投げやりなんですね」
「手も握ったことないし」
女の気持ちを逆なでした。
時間をつぶすと二人は酔い心地で帰途につく。並んで歩くと、自然に手がからまる。女も酔っているようだ。
京都の街中は夜、静かで人通りもない。田の字エリアは大都市では都心に相当するが、人が住んでいる落ち着きがある。ビルではなく瓦屋根の町家が主人公なのだ。夜の通りは暗いとさえ思える。女は版画家の絵を思い起こした。闇に包まれて歩いている。
「ごちそうさま、また、お会いしましょうね」
女はあくまでおだやかでおちついていた。
「こんどは、私がお誘いしますね、もっと安くて美味しいお店にお連れします」
女は思わせぶりに締めくくって男を動揺させた。言葉の弾丸である。
男の住むマンションの前は店の灯りが途切れ、町家ばかりの住宅街でほの暗い。
闇が酔いの熱さをさまそうとしたが、男は高揚していた。女の繰り出す言葉の一つ一つをふりかえって冷静に分析すれば、この出会いはチャンスに違いない。何か相談事があるようだったが核心には触れずじまいだった。拒まれるかも知れないという不安はあったが、期待に胸が膨らんだ。
「キスしてもええか」
女は黙っている。
「軽く」
と言い訳しながら、唇にふれた。
「柔らかい」
女を感じた。
「強引やね」
「きらわれたかな」
「きらいやないけど」
シャープでデイープな言葉ではないか、女の賢さにあらためて思いを強めていった。女との手を離さずに、男はためらうことなくマンションに誘った。
 男の部屋は高層階にありメゾネットで広く、女はほめちぎった。とくにお風呂がゆったりしているのが気に入った。
「こんなところに住みたい」
「ええよ、鍵を一つ渡すわ」
 女は作戦成功に自信を深めた。謎を残しながらこの男と付き合っていくのだ。この男との同棲は女の虚構の始まりを告げる。

なにかのキーワードからママ援護会がヒット、そのHPを見ながら思案した。収入は1時間あたり1万円を超える、弁護士や医師なみだ。
家庭内別居状態の夫とは離婚して縁を切るつもりだが、レストラン開店時の借金の保証人になっていることがネックになっている。小学生の娘のことは母親に頼るしかないが、借金は自分で解決しなければならない。短期間でお金を稼いで清算してしまいたい。娘が恨めしそうに視線を向けてきて女はたじろいだ。再会への決意は固く、一人で生き抜く意思は揺るがなかった。
オーナーはまだ30代らしい。しかし女を説き伏せるのは得意のようだ。面接とは恋人を口説くようなところがある。
言葉から始まるのだ、何事も。
「ぜったいにお金が貯まる」
と繰り返す。女は動揺する。たしかにお金がほしいからこういう業界に足を踏み入れようとしているのだから。
「やはり、するんでしょ」
と不安な表情を浮かばせると、
「いまやからできることがある、今が勝負やで」
オーナーは
「彼氏としても金にならへんやろ」
女は奇妙な論理に出会って言葉を失った。
「あなたにピッタリな店があるわ」
オーナーは新規開店したばかりのルームタイプのメンズエステをすすめてきた。
「昼間でええんやで、客を選べるし、安全、安心、風俗ではないから」
「そんな仕事があるんですか」
女は半信半疑だった。オーナーは風俗でないと強調する。デリヘルはやはりためらいがあったから、新しい分野ならと気持ちが動いた。
「やります」
ほほ笑んで返事した。
なにか秘密があるはずだろう。警戒心をもっていればよいと自分に言い聞かせた。
オーナーはあなたならまじめなのでよいフアンが付くだろうと持ち上げられた。思案を巡らしてあの男と同棲しようと思いついた。
最初の一万円は、女の自立への第一歩となった。性的サービスにお金が払われる瞬間、セックスが好きになることと男が好きになることとはちがうと自覚した。
オーナーはオナニーを、たくさんすればわかってくると、女に言って聞かせた。
風俗もたくさんあるが本番なしの方が長続きする。それでもお金になるから不思議だ。
「いきなりセックスやないやろ、はじめはだれでもオナニーからや」
とオーナーが解説していた。
この仕事は客のオナニーを手助けするものだと気が付いた。

ダブルフィクションが進行する。あさのオナニーは日課になった。男の出勤を見送ってひとりになるとオナニータイム、これだけは現実だ。
さまざまな感覚を磨いていく、新しい発見があるたび、快感がふかまる。クリトリスや花弁に物資が触れる、ああ、そうかと思いあたる、肉体ではあるが、物質の要素もある、熱いとか冷たいとか。道具を使い始めて、物資との接触感が快感の要素であることも認識できた。
男がこんなにもかんたんに自由自在になるのか。革命でさえかんたんにできそうだ。
見せるは脱ぎ方でもある、見せる表情にも工夫する。舞台に立つ主演女優の気分だ。
足の絡ませ方、顔の表情。
こんなにかんたんにお金が手に入るとは驚きだ、お金が貯まりだすと使いたくなる。
下着への投資は経費である。客との食事には会話も重要だ。新聞を読む。
オーナーはごちそうを食べに行こうと誘う。しだいにぜいたくになってくる、もっとお金を稼ぎたくなる。出勤時間を増やせないかと言ってくるが、なんとか踏みとどまった、昼は客すじが良いからだ。

女の方から同居の提案をしてきたので、男は返事をする代わりに部屋の鍵を1本
渡したままにした。
「契約成立ね」
「変わってる」
「結婚も契約ですよ、同棲も」
「そうか、おもろい」
「入れなければ、なにをしてもいい、なんでもしてみて」
作品名:美しき闇 作家名:広小路博