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短編集101(過去作品)

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 再度目を瞑ると、まさしくそこは視界に車が入ってくる瞬間だった。根上はまったく気付かない。後ろからの車の接近は分かっていても、まさか自分に災いが襲ってくるなど、普通は想像もしないだろう。スピードが出ているとしても、車の音は静かだったのかも知れない。
 目を凝らして見ていると、運転席がおぼろげに見えてきた。スローモーションは予知能力であってもテレビと同じで、鮮明ではない。どうしても時間的なずれが生じ、重なって見えている。今はもっと高性能テレビもあるのだろうが、悲しいかなその時の坂田にはそこまでのテレビを見たことがなかった。
 運転している男の顔が見えた。何とも言えない恐ろしい形相、歯を食いしばっていて、明らかに故意ではないかと思える。
――ああ、あの顔は――
 今まで夢に出てきた轢き逃げ犯人。自分は気絶していたはずなので見ていないだろうと思っていた犯人の顔ではないか。
 そう思った瞬間、
――事故に遭っても大した事故でもないんだ。教えてやることもあるまい――
 と感じた自分が浅はかに思えてきた。交通事故でも、その他のどんな犯罪であっても、轢き逃げは許せない大罪の一つである。
 そう考えると、事故に遭った時の自分が他人事のように思えてくるから不思議だった。
――やっぱり教えてやろう――
 根上が信じるか信じないかは別問題である。ここで誰にも言わずにいるということは、事実を一人で抱え込んでいるということになり、それがどれほど重圧になるかということを感じている。やはり重荷であるならば一人で抱え込むことなど何もない。
 根上に教えてあげると根上はそれを信じたようだ。
 しばらくして、根上を狙おうとした犯人が捕まった。何とその人は小学生時代の担任の先生だった。
 先生は定期的にストレスを溜める性格で、溜まったストレスを発散できず、人に当たってきた。それでもなかなか処理できずに、ストーカーまがいのことまで始めていたようだ。それを根上に見られたと思った先生は、密かに根上を狙っていたようだ。根上は事故を事前に知ることで注意していたところ、ちょうど不審者を見回っていた警官に職務質問をされている先生を見かけた。どうやら自分を付け狙っていたらしい。
 先生はすぐに白状し、そのままお縄となったが、それも坂田の予知能力の効果である。
 だが、今その予知能力は発揮できないでいる。
 先生が捕まった翌日、目が覚めてみると足が動くようになっていた。坂田少年を轢き逃げした犯人、それは先生だったのだ。まだ犯罪に対して手を染めていなかった頃で、坂田少年を轢き逃げしたことがきっかけで、犯罪への異常な興味が生まれることになったようだ。
 坂田が坂田少年に戻る時がやってきた。先生の歪んだ犯罪によって、歪んだ時間が元に戻ったのだ。
 坂田少年は事故に遭った瞬間、自分の中に不思議な力を持った瞬間から、違う人物になってしまっていたのかも知れない。十パーセント以上の可能性とともに……。

                (  完  )


作品名:短編集101(過去作品) 作家名:森本晃次