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端数報告6

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飲んで1時間後に効くとか、2時間後に効くとかいったほんとに遅効性の毒は結構あるんじゃないのか。ないことないだろ。その方がよくねえ? なんでそれを使わずにタッタ1分のものを使うか。
 
帝銀事件は〈強盗殺人〉に分類できよう。強盗用の毒としては、1分はちょうどよさそうでもあるが、暗殺用の毒が1分? それで時間稼ぎだって?
 
いや、そんなのおかしくねえか。というところでひとつ暗殺の実例として、失敗したけどヒトラーを殺そうとした〈ワルキューレ作戦〉の話をしたい。おれの手元にヒトラーの伝記と、これをトム・クルーズ主演で映画化したもんのチラシがあるので一緒に見せるが、
 
画像:ワルキューレ作戦 アフェリエイト:ワルキューレ
 
こうだ。作戦は「10分」。一線を越えたミッションに世界が委ねられた――実行役のフォン・シュタウフェンベルグは爆弾を仕込んだ鞄を卓の下に置いて部屋を出た。10分後に爆発する。それまでに〈狼の巣〉を抜け出して行方をくらまさねばならない。しかし幾重もの関門が。それをくぐることはできるか?
 
という。この場合は〈10分〉だよな。置いた爆弾と、自分が戻ってこないことに気づかれてはいけないのだからそれがギリギリというところだ。実際の話だけに納得がいく。
 
でももし、これが毒殺なら? ヒトラーに毒を飲ますことがもしできるなら10分と言わず1時間後に効くくらいが、逃げるための時間稼ぎがしやすかろうし成功の見込みもグンと高まるのでないかね。そんな毒もあるんじゃないのか。なけりゃ話にならんのじゃないか。
 
それをましてや〈1分〉なんて、暗殺用の毒と言えるか。〈狼の巣〉の裏口からフラリと入って「防疫の者だ」と名乗り……なんて方法でヒトラーを殺れるか。
 
明らかに無理だろう。〈暗殺〉とはボディガードに護られたような人間を殺す言葉とも言えるんじゃないのか。そうでないのはただの殺人だ。何度も書いているように帝銀事件の3ヵ月前、未遂に終わった安田銀行荏原支店の事件の際に、男は店の者に怪しまれ巡査を呼ばれてしまっている。おれがアンドーナツならば、もうその時点で「こんなのダメだ」と言って以後の計画はやめてる。
 
そんな話もしたよな。思い出してほしいな。あらためてどうよ。〈10分〉ならともかく〈1分〉の毒が要人暗殺の現場から逃げられる毒なのかどうか。
 
帝銀事件のやり方が、要人に近づき毒を飲ませられるやり方なのか。
 
なんでこんなの3回もやって、3回目で成功している。最初の1回で成功できなきゃ暗殺の方法としてダメじゃねえのか。
 
〈ワルキューレ作戦〉に加わった人間はみな失敗の後で処刑された。暗殺は未遂に終わることが許されぬのだ。わかるね――と、こんなところでゴキブリは完全に踏み潰せたと思うけれど、最後にひとつ、アストンマーチンが本当に遅効性か考えてみよう。
 
【人に飲ませてみないことには本当のところはわからない】
と再三書いてきたけど、そうせずとも、
【ある程度なら】
わかる方法があると思うのだ。青酸化合物はどれもさっき書いたように、胃液と混じり合うことでシアン化水素のガスを出し、それが人を殺すという。
 
だったら胃カメラを飲む要領で人間の口に管を突っ込み、胃液を取り出せばいいんじゃないのか。P・D・ジェイムズの『ナイチンゲールの屍衣』って小説をドラマ化したのがケーブルテレビでこないだやって、アタマのとこだけちょっと見たのよ。そしたらそんな場面があってさ。あれだ。ああやって胃液を取り出す。
 
フラスコに分けて摂氏36度を保つようにし、青酸カリとアストンマーチンとその他いくつかの青酸を垂らし、シアン化水素が生まれるまでの時間を見る。
 
この方法ならネズミを千匹も殺さんでいいし、カネもそんなにかからんのじゃないか。チャーリイ・ゴードンに「腹が立った」と言われなくて済むってものだ。
 
「この結果からおそらく」
と言えればよいのであり、それ以上は不要で無用。なんじゃないかな。どうだろうね。アストンマーチンは本当に遅効か。青酸カリと何も変わらなかったらどうする。
 
あるいは青酸ソーダあたりが、ガスが出るまで10分くらいかかっちゃったら? グリ森事件の頃には割と簡単に手に入るものだったらしいが、そっちの方が暗殺用にいいってことになっちゃわないか。
 
そんな可能性も捨て切れないのじゃないだろうか。『可能性は捨て切れない』という言葉はこういうふうに使うもので、あのブ男の使い方は、
 
画像:市川実日子
 
人間の顔をこうするだけのよくない使い方と知れ、と言ったところでこの話はおしまい。それでは。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之