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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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436.罰せられないということ



 若い頃、妻を殺してしまったことがある。

 最初はちょっとした意見の相違だった。だが、お互いエスカレートしてしまい、やがて口論だけでは済まなくなってしまった。妻は、手当たりしだいに物を投げ始め、もう完全に手を付けられない。そうしているうちに、飛んできた皿が私の額に当たる。血が吹き出し、視界が真っ赤に染まる。そこでカッとなってしまった私は、近くに置いてあった花瓶を手に取り、妻をめちゃくちゃに殴打してしまったのだ。
 気が付くと、頭を割られてこと切れている妻がうつぶせで横たわっていた。私の額から流れる血よりもはるかに大量の血だまりが、妻の顔周辺にできている。とんでもないことをしでかしてしまったと思った私は、取りあえず救急箱で自分の額の出血を止め、警察に電話をした。

「はい。もしもし」
「……たった今、自宅で妻を殺してしまいました」
「そうですか。少々お待ちください」
保留音が流れ出す。やがて、先ほどの人が再び電話に出た。
「お待たせしました」
「はい」
「今、ご自宅にいらっしゃるんですね」
「ええ。妻の遺体とともに家におります」
「じゃあ、すみませんが、明日、もう一回かけてきてもらってよろしいですか」
「え?」
「いや、ちょっと取り込んでまして、対応できそうにない状態でして」
「え、でも、あの……」
「逃げる予定とかあります?」
「いや、そんなことはしない、と思いますが」
「うん。じゃあ、明日の朝、もう一回かけてきてもらうか、直接、交番に出向いてもらって」
「……はあ」
電話が切れる音がし、不通音が鳴り響く。

 どういうことだ。なんで警察はこんなのんびり構えているんだ。逃げも隠れもしないが、これはさすがに怠慢すぎないか。私はもう一度妻の遺体に目をやる。確かに死んでいる。間違いなく私は殺人者だ。仕方がない。明日もう一度、電話をかけるとしよう。私は着替えてから電気を消し、ベッドに入る。目をつむって眠ろうとするが、全く眠りにつけない。暗闇が怖いのではない。亡き妻が怖いのではない。罪を罰せられない今の立場が怖いのだ。

 もし、明日以降も警察が取り合ってくれなかったらどうしよう。妻を殺したという真実を訴えているのに、誰も取り合ってくれなかったら、私はどうすればいいんだ。もしかして、一晩、自分の罪と向き合えというメッセージなのか。警察は自決の猶予を私に与えたとでもいうのか。

 そんな事ばかり考え続けて、結局、一睡もせずに夜が明けた。早朝、私は無事に御用となった。


 だが、暗闇で思考だけがぐるぐると空回りするあの晩は、人生で一番ひどい時間だった。塀の中にいるときのほうがまだ安心感があったよ。罰を受けているんだって自覚があったから。

 それ以来、ある種の人間にはもしかしたら「罰せられない」ということが、一番重い罰のような気がしなくもないと考えるようになった。もちろん、犯罪を犯した後、隠蔽や逃走を図るような手合いには全く効果はないだろうがね。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔