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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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361.血平線



 僕はぽつんと、広野に立っている。

 周囲を見渡せば、そこに見えるは大地と空と地平線。何もなさすぎる、ただただ、だだっ広いだけの場所。そんな場所に、僕は身を置いていた。
 なんでこんなところにいるんだろう。どうすればこの場を抜けられるんだろう。そんなことを考えようとした瞬間、足元で奇妙な音がした。

「パチン」

なんだと思って目線を下に落とす。すると、何やら木製の箱のようなものと、そこに向かい合う男が二人。一人は左手で何やら小さい木の切れ端をもてあそび、もう一人は青い顔をしながら箱の上面をほぼ真上から見つめている。

「…………」

 どこかで見たことがあるなと思った光景。しばし記憶を手繰り寄せ、ようやくその正体に気付く。二人で行うボードゲーム、将棋。彼らはこんな広すぎる野にいるのに、40センチ弱の盤面しか見ていないのだ。
 僕は、その二人の様子をじっとながめていた。木の切れ端━━持ち駒をもてあそぶ男は、注意深く盤面をながめ、多少の余裕を見せつつ相手の次の手を待っている。一方で、盤面を見つめる男のほうはひどいありさまだった、荒れる呼吸、震える両手、青白い顔面、そこから滴り落ちる汗が盤上の駒をひどくぬらしている。
 彼はその震える手でようやく駒の一つをつかみ取り、前へと進める。だが、ほんの数秒で合駒が置かれ、再び青い顔で考え込んでしまう。やがて、その唇から絶望の一言がこぼれ落ちた。

「ありません。負けました」

 その瞬間、駒が手早く片付けられる。感想戦もなく、棋譜も作られない。あるのは非情な勝敗だけ。駒が消えた将棋盤は、勝利した男によってくるりと裏返される。そこにはクチナシの実を模した盤の足が四本と、その中央に存在する奇妙なくぼみ。

 勝った男はおもむろに刀を抜き、青ざめてうなだれる敗北者の首を一撃で刈り取った。そして髪をつかみ、うやうやしく裏返された盤の中央に配置する。クチナシの中央に置かれた話せない首。その下のくぼみには、どくどくと流れる紅い血がたまりにたまっていることだろう。

「さあ、君の番だ」

 男はどこからか新しい盤を用意して、おごそかに僕の前に置く。誘われるがままにふらりと盤の前に座った僕は、ふと、視線を横にやった。

 先ほど、敗北した者の首が恨めしそうにこちらを見ている。その隣にも、負けたであろう者の首。その隣にも、その隣にも……。地平線のはるかかなたまで、裏返された将棋盤とその上に乗った敗北者の首とそこから流れる血が、まるで循環小数のようにきっちりと並んでいた。

 次は僕の番。どうやらそういうことらしい。まだ、これが現実だとは思えない僕は、ぼんやりしながら角道を空ける歩を前へと打ちつけた。
作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔