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り狐:狐鬼番外編

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何とも後ろ髪を引かれる想いで立ち去る
少女の後ろ姿を金狐は「社」の格子戸に寄り掛かりながら見送る

早早、其の牙を剥き言い放つ

「何時迄、其処に居るつもりだ?」

琥珀色の、其の眼が聳え立つ木木の合間を尻目に射抜く
漸く、木の影から老狐が姿を現す

付かず
離れず

此の森に身を潜めていた老狐が
長く垂れ下がる眉毛の隙間から小(こ)さい目を眇(すが)める

「何故、気付いた?」

抑、血気盛んな若狐では無い
自身が放つ気配等、万物万象の類でしか無い

「己は「鼻」が良いんだ」
「「神狐」相手ならば何処だろうが何奴(どいつ)だろうが嗅ぎ分ける」

当然、引き換えた「モノ」があるが今、此処で曝(さら)すつもりは無い

其の眼を見開く老狐が心底、感心した様に零す

「大した「神狐」だ」
「彼(あ)の、長老狐等が厭(いと)わしながらも傍に置きたがる訳だ」

生憎、世辞にも皮肉にも付き合う気は無い
其れでも「成る程」と、独り言ちる

厄介者故、御鉢が回るのか
将又、長老狐との「位」の違いを弥(いや)が上にも知らしめる為、か

何方にせよ、彼(あ)の糞爺等が謀りそうな事だ

だが、如何でも良い
結局、択(よ)るのは己自身なのだから他人の所為にするつもりは無い

唯、小腹が立つ此の付けは必ず払わせてやる

そうして咽喉を鳴らす金狐は老狐の眼の前に本題を突き出す

「人間を殺めたのなら「社」の狐にはなれない」
「「神狐」では居られない筈だ」

少女の、明明白白の告白に金狐は
御前が「社」を去る本当の理由を云え、とばかりに老狐を見通す

「そうだ」

何故か、満面の笑みで頷く老狐

「儂は「社」の「神狐」として彼(あ)の少女の母親を殺めた」

「神聖な「社」を乳臭い赤子で穢(けが)した」
「無礼な母親という、「大義名分」で殺めた」

此れが「神」か
所詮、獣から成り上がった「神」だ

「獣」以上の感情は保てない

「神狐」の、誰も彼もが抱く
此の傲慢さに毎度の事ながら金狐は嫌悪の情が湧く

其れでも奥歯を噛み締め、堪える

「大層な、大義名分(屁理屈)だな」

其の、軋む不穏な音に老狐は戦くも止まらない

此れは序盤に過ぎない
此れは自身が計る終盤を迎える為の、布石に過ぎない

「当然、赤子も殺めるつもりだった」

母親にすら捨てられる「赤子」だ
此の先を生きていても幸等、得られる訳も無い

「だが、笑ったんだ」
「儂を見て彼(あ)の、少女は笑ったんだ」

如何にも演じ切れない
如何にも込上げる念(おも)いが溢れる

「儂は、其の零れる笑みを見て過ちに気が付いた」

「儂は、此の少女の為に」
「母親を「殺める」事も「生かす」事も出来なかった」

切り株の上、竹皮の包みに眼を落とす

「少女が来る度、胸が痛む」
「少女が供える油揚げを食らう度、胸が焼かれる」

「延延、儂の「罪」だ」

此の世の
彼(あ)の世の、罪だ

「だが、もう耐えられない」
「だから、長老狐等に頼んだんだ」

「儂の代わりに「社」を継ぐ「神狐」を寄越してくれ、と」

到頭、項垂れる老狐が遣る瀬無く、唇を歪める

「全く、長老狐等は好い加減だ」
「此の襤褸(ぼろ)「社」等、勘定に入れない事は承知していたが」

「漸く漸く「神狐」が来る」
「漸く漸く少女に会わずに済む」

「其の為なら儂は如何なっても構わないというのに」

「女女しい」と、斬り捨ててくれ
「馬鹿馬鹿しい」と、斬り捨ててくれ

「其れなのに、り狐」
「御前は「社」等、継ぐ気の無い「子狐」だ」

此処ぞとばかりに吐き捨てる老狐に金狐は腹が立つのか

否、全く立たない

己と「此奴」とでは立場が違う

分かり切っている事だ
分かり切っている事だが矢張り、云わずには居られないのは

己が「子狐」だからだ

「然(そ)うして己を怒らせて如何する?」
「御前の体を引き裂いて、御前の「命の珠」を引き摺り出して」

「其れが御前の、「願い事」か?」

途端、老狐は膝から崩れ落ちた
地べたに伏せる、其の身を震わせながら呵呵笑う

全て、御見通しか

卦体(けたい)な「神狐」だ
別の「神狐」相手ならば旨旨(まんま)と遣り果(おお)せただろうに

其の姿を見た瞬間から
其の名を呼んだ瞬間から分かっていた

何故か

目の前の、此の「神狐」は如何にも儘ならないと分かっていた

其れでも「社」に向かう、其の横顔に安堵したのも本心だ

此れで儂は救われる
此れで儂は救われると思ってしまった

愈愈、諦めた様子で乾笑する老狐が覚悟を決める

「御苦労だ、り狐」
「御前に此の「社」は譲れない」

作品名:り狐:狐鬼番外編 作家名:七星瓢虫