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二十歳の知恵熱

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鹿児島は、錦江湾をはさんで桜島という舞台を望む野外劇場のような街である。街の中心部はとても狭くて、その周りを階段状の観客席のような山が取り囲み、少しイビツな形になって南へ伸びている。
 旧市街が狭い為に新しい人の棲み家は山へ山へと広がっていて、セールスマンの友人の車に同乗させてもらった時、山から山へのあまりの抜け道の多さにビックリした記憶がある。
 これから始まるお話の舞台も、そんな町中から少し外れた山の中腹に広がる墓地の、上部に建つ一軒家だった。

 その家は、山肌に広がる墓地と山頂に建つ家々の丁度境目に位置していて、墓地の最上部から上の団地へ抜ける道は非常に急坂だったので、夜は勿論のこと、平日の昼間でも寂しい場所だった。

 二十歳の頃、父は花屋を出す目的でその一軒家を借りた。だが商売上の利益を挙げられないどころか、準備の資金や家賃などの借金だけを残す結果となってその家から撤退した。
 僕はその家を借りる事に最初から反対していたし、散々な結果になることも分かっていたのだが、今から思えば(本当に今だから思えるのであるが)、これから綴ってゆく体験を僕にさせる為に、その家が必要であったのでは無いかと思うのである。恐らくあの家がなければ、あの家でなければ、もう少し違った人生になる可能性だってあった。

 そこで体験したものは、僕にとって知恵熱と呼べるものであり、人間にとって大切なものを知る下準備になったと思っている。ただそれは本当に基礎的なものであり第一時知恵熱と呼べるものでしかなかった。
 その後も第二次の知恵熱らしきものもあるにはあったが、残念ながら今だ此の大いなる堂々巡りの人生を続けている。

≪本筋ニ入ル・序≫

青年は、薄暗くなった墓地の中の坂道を歩いていた。
涙が頬を一筋の川のように流れている。

鼻水をすすりながら、
彼は彼の棲み家を目指して、不確かな足取りで歩き続けた。

今日、全てが終わった。
浪人の二年目、発表のあった大学はことごとく落ち、この先どうすればいいのか、彼には分からなかった。

彼の頭の中を色んなことが駆け抜ける。
でも、全ては言い訳にしか過ぎなかったし、
ただの怠け者であったことは、彼が一番良く知っていた。

彼のことを少しだけ弁護するとすれば、
この一年の間には色んなことがあった。
様々な事件が彼を巻き込み、押し流した。

家族の中で小さなイザコザ、事件が相次いだ。
不思議な縁で我が家へやって来た二人の兄弟、
その兄弟たちも親父と衝突し、家出した。

叔父が不渡りを二度出し借金にまみれていたし、
保証人であった青年の家も危機的な状況だった。
青年自身も傷害事件に巻き込まれ、正当防衛であったが、
相手は執拗に彼から金をたかろうとした。

その他、書くにかけないような事もあったし、
一つ一つの事柄が起きる度に、
彼は面白いように翻弄され、小突きまわされたのであった。

これら一年間の総決算として大学受験があった。
そしてぜーんぶ落ちた。(発表すらも見に行かなかった)


冒頭の情景は、全てが終わった、つまりは国立大学の発表があった、その夜のものである。

?≪ ? ?起 ≫

墓地の坂道を抜け、彼は彼の家の玄関を開け玄関に続いている六畳間の真ん中に立った。
その家の周りに人の住んでいる家はなかった。
その家の中には彼一人しかいなかった。

六畳間の真ん中に立ったまま、彼は真中の畳を見詰めている。
此の家に辿り着くまで彼の頭の中を巡っていたこの一年の出来事が、
粉々に砕け散った彼の将来が、疲れ果てた心に突き刺さり突き抜けて行く。

「ワーーーッ!」
奇声を発し、青年は走り出した。
今まで押さえていたものが遂に爆発し、彼はほとんど狂気に支配されていたのだった。
彼は奇声を上げ、六畳の真中に存在する畳の回りを駆ける。
訳もなく、当てもなく、ただただ全力で彼は駆け続ける。
今まで押さえていたものが遂に爆発し、彼はほとんど狂気に支配されていたのだった。

  ≪ ? ? ? 承  ≫

青年は走り続けた。泣きながら、叫びながら。
もう、何がどうなっているのが分からない。
彼にできること、今出来ることは、それだったら。

疲労し混乱した頭脳は、ショートし発火し爆発する!
放り投げられたジグソーパズル、絡み合った沢山の知恵の輪、
正体もなく、手のつけようも無い。

あることが起こり、当事者がいて傍観者がいて、
また別のある事が起こり、そこにも当事者がいて傍観者がいた。
彼はいつも当事者だった。別にほっとけばいいのに。

事ある度に翻弄され続けた彼は、
勉強すらせずに、逃げて回った。
何かに逃げなければ、自分が潰れてしまう。

逃げているという自覚があったから、
誰も呪えなかった。
結局、この結末は彼の行為の結果でしかない。
それを認めることは苦しみだった。
だから彼は、出口のない暗闇の中、駆け続けた。

幾周も幾周も、幾周も幾周も、
走り続けた彼は、
やがて走り疲れ、突っ伏して倒れ込んだ。
泣き疲れ、動かなくなってしまった。

≪ ? ?転 ≫

青年は目を開けた。
頭には鈍い痛みが残り、泣き腫らした目が腫れぼったかった。
でも少し気分が違っている。
昨夜あれほど暗く重たかった身体の中の空気が、
とてもさわやかな風に変わって、涼しささえ運んでくる。
青年は急に街を見たくなって、階段を登り、ベランダへ出た。

眼下に広がる街も、その向こうに雄大に立つ桜島も、
すべての存在が鮮やかに、クッキリと澄んで見える。
何と爽やかな朝の景色だろう。
何と幸せな街の眺めだろう。
空には雲一つなく、晴れ渡った空の下で今日も全ての人が活動を始めている。
昨夜のことは何だったのだろう、昨日までの出来事は何だったんだろう。
青年は、笑顔になった。

『俺は今まで 何を欲しがっていたんだろう
 何を求めていたんだろう
 全てのモノを手に入れているのに

 大地だって 水だって 空気だって 陽の光だって
 全ての人が持っているモノは何も欠けることなく
 俺にも全部与えられている
 その上父がいて母がいて 健康な身体がある』

スズヤカナ・カゼガフイテユク

『行こうと思えばどこへでも行けるし
 やろうと思えばどんなことでもやれるんだ
 好きな人に 好きだと言えるし
 もしかしたら好きになってもらえるかも知れない

 何だってやれるし何処だっていける
 可能性は無限にあるんだ
 もう 何もいらない
 もう 充分だ
 俺みたいに幸せな人間はいない
 もうこれ以上 もうなにも欲しくない』

スズヤカナ?カゼガフイテユク

『そうだ??
 十年勉強して医者になろう
 無医村にでも 難民キャンプにでも行って
 一生懸命に生きようとしている人達の為に生きてみたい

 こんなにも満ち足りて
 こんなにも幸福で
 このままでいい筈がない

 誰かのためにならなくては
 一生懸命生きて
 それでも尚苦悩している人達の為に
 どんなことでもいい 出来ることをしなければ」

スズヤカナ・カゼガフイテユク

青年は 心から笑った。
うれしくてうれしくて、満ち足りて満ち足りて、
作品名:二十歳の知恵熱 作家名:こあみ