狐鬼 第二章
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「蛍(ほたる)族」
嘗て流行語にもなった言葉だが
言葉自体、死語になろうとも「蛍族」は昨今も存在する
露台(ベランダ)の手摺りに(両)肘を突く彼 (くろじ)は紫煙を燻らせる
片手に持つ灰皿に一回、二回と灰を落として
再度(ふたたび)、口に咥えて吸い込めば(煙草の)先端が蛍の如(ごと)く
色鮮やか赤橙(あかだいだい)色に灯(とも)る
「馬路(マジ)、至高」
宣(のたま)うも
海に臨(のぞ)む、国道沿い二階建ての賃貸集合住宅(アパート)
情け容赦ない潮風が頬を濡らした瞬間、身震いする
「馬路(マジ)、至悪」
残り(半分)の煙草を一気に吸う也(なり)
露台(ベランダ)の掃き出し窓を少しだけ開けて室内に逃げ込む
猫背で
ぶるぶる身体を震わせる、くろじとは真逆
三点U(ユニット)B(バス)(形式)から半袖、短パン姿で出できた
風呂上がりの、はつねと目と目が合う
「ヒューヒュー」
助兵衛(すけべえ)親父 宜(よろ)しく
燥(はしゃ)ぎ出す、くろじを横目に冷蔵庫から缶 麦酒(ビール)を手に取る
其 (はつね)の行動に冷えも忘れて御強請(おねだ)りする
「一口、一口」
餌に群がる犬のように付き纏(まと)う
くろじから逃げるも最終的には笑いながら缶 麦酒(ビール)を手渡す
はつねの前で一口所か、二口、三口飲んで首を振る
「かぁー！」
「キンキンに冷えてやがるー！」
くろじの、何処ぞの漫画の台詞に微笑う
はつねは(自分の)缶 麦酒(ビール)を取りに冷蔵庫へと向かう
「あ、悪りい」と、言いつつも
見事、缶 麦酒(ビール)をせしめる笑顔のくろじが
唐突に隣室の壁側を指差し訊ねる
「もう、寝てんのか？」
くろじが指差す壁側は
二人(すずめと白狐)の部屋だ
実は
露台(ベランダ)で一服中
隣室が真っ暗な事に気が付いて、気になった
空室(あきしつ)の時同様
人間二人が過ごしているとは思えない程、気配がない
相手 (くろじ)の疑問に
はつねは居間机に置いたままの、携帯電話(スマホ)を覗き込む
時刻は二十一時過ぎ、早寝と言えば早寝だが
「然う、ね」
「夜しか知らないけど、物音一つしないね」
何(なん)とも意味深な発言に当然、くろじが食い付く
「物音一つもぅう？！」
正に「下衆の勘繰り」
其れこそwktk(ワクテカ)で
「杯(コップ)杯(コップ)」と、盗み聞きする気満満で催促する
くろじを冷ややかな目で往(い)なすも
はつね自身、少なからず興味があったのかも知れない
言う必要 等(など)、なかったのに
部屋の壁 等(など)、然う薄くはないのに
「可笑(おか)しな二人」
(盗み聞きを)諦めて缶 麦酒(ビール)を飲み干す
くろじの言葉に長椅子に腰掛ける、はつねも同意する
「(私も)然う、思うわ」
途端
はつねが寛(くつろ)ぐ長椅子に飛び乗るや
傍(かたわ)らの居間机に空(から)の缶 麦酒(ビール)を勢い良く
音を立てて置く、くろじに
「ちょっ、静かに」
と、注意するも其(はつね)の顔を覗き込まれる
「詳しく」
「え？」
「く、くわしく？」
其れは其れは大きく首肯く
くろじに聞き返えすも、はつねは(多少)戸惑う
出会って数週間で他人 (くろじ)に語れる程、二人を知っている訳でもない
其れでも
「言えよ」
初対面の自分 (くろじ)だったが
ログハウス喫茶店(カフェ)での二人(すずめと白狐)の遣り取りは
可笑(おか)しいと思っている
(が)其れ以上に
御節介(おせっかい)で急勝(せっかち)なはつねが心配でならない
一人 (はつね)で足を踏み入れるくらいなら
二人 (はつねと自分)で足を踏み入れる方が断然、いい
「御前も」
「(彼(あ)の二人に対して)可笑(おか)しい、と思う所があるんだろう？」
若干、強めに促されて渋渋
封を開けるも居間机に缶 麦酒(ビール)を置く、はつねが話し始める
「私達、あんなだった？」
「はい？」
彼(あ)の二人の話の筈が
自分達の話になり、くろじは目を丸くする
「私達が同棲し始めた頃、あんなだった？」
「あんな？」
「然う、あんな生活してたら」
「屹度(きっと)、二人の生活は破綻しちゃうわ」
「はい？」
「？(はてな)」を繰り返す
話がよく見えない様子の相手 (くろじ)に、はつねは付け加える
二人は働いていなくて
みやちゃんが賭事(競馬)して稼いで生計を立てている事
すずめが何かに悩んでいる事
其れに対して、みやちゃんが無関心な事
「ううん」
「ううん、無関心じゃない」
自分(はつね)の言葉に
自分(はつね)の言葉で否定する、はつねが頭を抱える
「彼(あ)れは、何？」
受け入れているのか
受け入れる事すら出来ないのか、自分 (はつね)に分からない
其れでも
「同棲をし始めた頃って、あんなんじゃないでしょう？」
「もっと笑って」
「もっと」
「怒って？」
冷かし半分
相手 (はつね)の言葉を横取りするくろじにはつねの(激情の)スイッチが入る(え？)
「然うよ！」
「喧嘩したって仲直りして！」
「仲直りしたって又(また)、喧嘩して！」
「！！私達は然うだったじゃない！！」
力説の余り声が大きくなるはつねの身体を抱えて
其 (はつね)の口元を自身 (くろじ)の手の平で押さえ込む
くろじが「然うな然うな」と、首肯(うなず)く
「落ち着け」
「俺達は然うだったけど、って今もかあ！」
と、自分自身 (くろじ)の発言に突っ込み笑うも
抱き抱える、はつねの反応は鈍(にぶ)い
「笑えよ？」
促がすも
項垂れたまま頭(かぶり)を振る、はつねが唐突に謝罪する
「御免(ごめん)」
今日の(ログハウス)喫茶店(カフェ)での喧嘩は
我ながら大人気ない(と思う)
二人 (すずめとみやちゃん)の前で
二人の「青」に
二人の「春」に
束(つか)の間(ま)、若気の至りが過ぎた自身 (はつね)の「青春」を振り返えり
懐かしくも幼ない感情になってしまったのは否めない
「本当に御免(ごめん)なさい」
自身 (はつね)の身体を抱える
くろじの腕に力が篭もる
引き寄せられて
其 (くろじ)の胸元に顔面(かお)を埋(うず)める、はつねは思う
然うだ
然うなのだ
若くない(笑)自分達でも斯(こ)うなのだ
笑って
(仲直りして)
怒って
(喧嘩して)
なのに
若い(筈なのに)
彼(あ)の二人は何故に
「諦め気分(ムード)なの？」
「御別れ気分(ムード)なの？」
額(おでこ)に触れる
くろじの唇に伏した目を閉じる、はつねが呟やく
「彼(あ)の二人は今だけの関係なの？」
其れは確かに「答(こたえ)」だった
だが、(二人の)事情を知らないはつねはくろじに問うのだ
問われた所で勿論、くろじにも分からないが
斯(こ)うなったはつねを落ち着かせる遣り方は心得ている
男性諸君！(はい？)
(何も)難しい事じゃない
唯唯、親身になって話を聞けばいい
然(しか)し悲しい哉(かな)
其れを知る男性のまあ少ない事少ない事(笑)
早速、はつねの肩を掴んで其(そ)の身を起こす