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今朝も電車は(仮題)

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 今朝もいつものように電車に乗った。吊り革に掴まって一息つくと、男子同士のカップルが目に入った。一見したところ、ただの仲の良い男友達と思われた。だが、互いの距離感や醸し出している雰囲気からしてそれよりもずっと深く親しい関係に違いないだろう。
 彼らのような男同士のカップルはゲイズと呼ばれており、今や街中では特に珍しくない光景だ。しかし、目の前の二人はふと気になるほど若く見え、僕の視線は自然にそちらへと引き寄せられた。
 彼らは乗降口付近に立っていて二人寄り添うように景色を眺めている。斜め後ろにいる僕からは二人の横顔が覗け、その稚さの残る顔つきから、まさか中学生ではないだろうかと勘ぐった。だが、体つきや所作などから判断するに高校生が妥当なところだろう。
 車内ではモーターの連続した回転音の合間にレールの繋ぎ目を乗り越える音が単調に繰り返され、春の柔らかな朝陽と相まって彼らは眠気を催されているようだったが、走行音がにわかに金属的な甲高さを帯びると二人はふと気付いたように窓外へと視線を投げた。電車は大きな川を渡る鉄橋にさしかかっていた。斜めや垂直に渡してある無骨な鉄骨が幾本も窓の間近を横切っていくなか、そのカップルのひとりが口を開いた。
「ねえ、ほら見てあそこ。まだあんなに桜が咲いてる」
 彼が指さす先には、土が高く盛られ、緑の芝生で覆われた川の長堤の上に沿って、薄紅色に咲き乱れた桜並木があった。そして、人差し指を窓ガラスに突き立てながら、きらきらとした眼で振り返った。
 あの子が『受け』、つまり女役なのだろうか。相手より少しだけ背が低くて撫で肩の彼の、少ししなを作った動作を見れば大凡の見当がついた。
「ああ、そうだな」
 応えた子は敢えて眼を合わせないかのそぶりで、『受け』の子の指さした方向を見つめている。どことなく声も低く態度も落ち着いているのでやはり『攻め』、つまり男役なのだろう。もっとも、もともと男なのに役もなにもないが。
 ところで学校は? 休校か、それともサボリなのか? まあともかく、なかなか似合いのカップルじゃないか。漂う爽やかな雰囲気に僕の頬は自然と緩んだ。
 しかし、彼らゲイズはいつからこんな自然に街に溶け込み、日常の風景の一部と化したのか。僕の視線の先で、人目から逃れようとせず、でも少し遠慮がちに存在している二人。彼らを前に、かつてつきまとっていた違和感が、いまや霧のように跡形もなく消え去っている現実に僕は今さらのように困惑するのだ。
 車窓を彩っていた鮮やかな景色は、愉しむ間もなく過ぎ去っていった。そしてすぐに不調和な色とりどりの無数の建築物へと取って代わっていく。電車は次第に速度を緩めると、灰色のプラットフォームを舐めるように停止した。ドアが開くと、男女あわせて十人程度の会社員らしき集団が乗ってきた。今は通勤ラッシュには少し早い時間帯である。そんな時間にこの駅からスーツ姿の集団が乗るのは珍しいことであった。
 彼らは一様に若かった。顔には皆僕と同じ学生気分のような無邪気さが残っている。新卒の新社会人なのだろう。全員が揃えたように着ている黒いスーツは、いずれも体から浮いているようでとても馴染んでいるとは言えない。
 乗り込んだ彼らはこの路線に不慣れなのか、めいめい物珍しそうに車内を見渡している。研修のため、地方から皆してビジネスホテルにでも泊まっているらしい。今日が初日らしく、
「思ったよりすいてるね」
「さすがにこの時間なら、でもちょっと早すぎたかもね」
「ごめんなさい、道に迷って初日から遅刻したら大変だと思って」
「混んでなくていいよ。昨日東京着いたとき丁度帰宅ラッシュの時間で酷い目にあったから」
「東京に配属されたら毎日満員電車か。大変かなあ」
 などと思い思いに感想を交わしていた。
 僕はというと、彼らに追いやられる形になり、車両の中央付近で他の乗客に囲まれてしまった。
 いつもならもっと余裕のある車内なのだが、今は半歩動くと人にぶつかる程度に混んでしまっている。通勤ラッシュのピーク時の芋洗い状態、いや芋が潰れるほどの過密さに比べれば遥かにマシだが、それでも僕は緊張した。出来うるかぎり人に触れたくない。わざわざ大学の講義前にかなりの時間を持て余してでも、早朝の電車に乗っているのはそれが理由だった。
 新社会人らの反対側は、女子中学生の四人組だった。さっきまで手摺りに掴まっていた僕は、追いやられた先で何か掴まるものがないかと探したが、生憎近くに適当な手摺りや吊革は無かった。仕方なく僕は、こんなときいつもするように、手提げ鞄を両手で提げ持った。指は鞄の持ち手に軽く引っかけるだけにする。こうすることで、電車が揺れたとき、鞄が振り子のように揺れる。その反動なのか体の揺れは小さくなり、思ったよりも足を踏ん張らなくてすむ。それは僕が最近発見してちょっと自慢に思っている電車の揺れ対策だった。
 近いせいか、女子中学生たちの会話が聞こえてくる。実は彼女らはときどき見かける面々であり、今朝もいつものように四人で円を作りお互い向き合いながらお喋りをしていた。今は、混み具合にあわせて円も小さくなっているせいか、ころころと響く笑い声がいつもより絡まって密度が高くなっている。何しろすぐ隣だから聞くつもりがなくても会話が耳に入ってくる。一番活発そうな娘が僕のすぐ横で背中を向けて立っていて、その娘が切り出した話に他の三人は興味津々に耳を寄せていた。
「……それでね、えっちゃんだけど、そのあと彼氏がイヤなことしてきたから別れたんだって。あとね――」
 車内の騒音を縫って届く彼女の声に続き、他の三人の抑えた嬌声が僕の耳を刺激した。
 僕は話を切りだしたこのリーダーらしき女の子が以前から少し気になっていた。髪はショート、体つきはスリムだが均整が取れている。また、ちょっとした小さな動きからでもわかる、体の芯にバネが仕込まれているかのような俊敏さは無駄がなく、涼しげな顔と相まって所作全てが爽やかに感じられて、それが僕の気を惹くのだった。
 僕は車内を見渡す゛振り゛をした。ほんの一瞬だけ、白いブラウスの襟から覗く彼女のうなじを盗み見ることができた。思ったよりも近くだったそれは、思ったよりも美しい乳白色に輝き、一瞬の盗み見だけで満足できるはずがなかった。他の乗客に気取られないように用心しつつ再び顔を横に向ければ、優しい曲線を描く彼女のうなじは、その滑らかな肌を覆う繊細な産毛がやけに眼について………と、電車が右にぐっと大きく揺れ、僕は咄嗟に下半身に力を入れた。足裏が床から離れないように踏ん張りつつ膝から上を柔らかに揺らしてバランスを取る。
 そのときだった。
 友達と悪戯っぽく話していた彼女は、突然あの俊敏さで勢いよく振り返り、僕を睨みつけた。
(え、なんだ?)
 咄嗟のことで、僕は訳が分からない。
 彼女の眼光は鋭かった。それは僕の眉間を射抜かんとばかり攻撃的だ。加えて身構えた自己防衛の態度。間違いない、僕を痴漢と疑ったのだ。
作品名:今朝も電車は(仮題) 作家名:新川 L