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腹話術

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「ううう…ワシはもうだめだ…」

生涯に幕を下ろそうとしている老人。
その人生。
腹話術1本でメシを食ってきた人生であった。
その芸の域は達人である。
死に際。
ベッドの周りには親族や友人、弟子などが集まっている。
老人は腹の上で両手を組み、天井を呆然と眺めている。

そして。
「は…墓場まで…どうか墓場まで…」
これが老人の発した最期の言葉となった。

医者が男の死亡を確認。
腹話術師のまわりで泣き崩れる人たち。
こうして腹話術師の男は長い人生を終えた。

後日、男の死体は火葬されることになった。

棺おけの中、安らかな表情を浮かべている元腹話術師の男。
男に縁がある物が棺に次々に納められ、そして火葬されることになった。

焼き場に上る炎と煙。
皆が見つめている中、着々と時が過ぎる。



「ぎゃああああああ熱い熱い~!ここから出してくれ!!!!!」

火葬中、突如焼き場から男の声にならない叫び声が響き渡った。
慌てふためく式場。
参列者も式場のスタッフもパニックである。
それでも腹話術師の1番弟子が冷静にすぐに火を止めるようにスタッフへ指示。
予期せぬ事態に火葬場は恐怖の渦に引き込まれていた。

急いで弟子の男は師匠の棺を焼き場から引っ張り出した。
棺を焼き始めて、さほど時間が経過していない段階で火を止めたのもあり、黒こげの棺の蓋を開けると故人の姿はまだあった。
「こ…これは…」
しかしながら、故人の腹部から胸部にかけて大きく縦に割れており、内臓が見えている状態であった。
「どうしてこんなことに…」
弟子の男は師匠の変わり果てた遺体にショックしている。
まるで遺体の内部から外部に向かって爆発したような傷口。勿論、故人は死んでいる。
式場に居る人々は驚きの余り死んだように静まりかえっている。

「えっ!こ、これ、これはなんですか!見てください!!」
しかしすぐに静寂は再び絶叫によってかき消された。
1番弟子が棺の内側の蓋を指さし、叫んでいる。

皆が棺の内側にあたる蓋の部分を覗き込むように確認すると、そこには血の跡がベッタリと付着していた。
それも子供大の手足で、蓋の内側を蹴ったり殴ったりした後のような血の跡だった。
「きゃああああ」
それを見た腹話術師の妻は叫んだ後、その場にペタンと倒れた。
皆も驚愕のあまり声が出ず動けない。

「うわ…え…?なんだこれは…」
さらに1番弟子は何かを見つけた。
焼き場の周り。
床には子供大の血の足跡がたくさん付いているではないか。
そして、この足後はここから5メートルくらい離れた、大きな分厚い黒いカーテンの奥に続いているようだ。

皆は目で合図を送り合い、お互い声には出さないが現状の様子を理解した。
そして責務であるかのように、1番弟子の男がそのカーテンに向かって血の足跡通りに進んでいく。

弟子の足取りは慎重である。
皆は固唾を呑んで見守っている。

ゆっくり。

ゆっくり。

カーテンに近づく。そして…

1番弟子の男がカーテンの裏に回った…その瞬間!

「うわっ!」
弟子の絶叫と共に、カーテンが大きく揺れた。
直接的に何が起きているのかは分からない。
しかしカーテンの奥で弟子と【なにか】がまるで格闘しているかのように激しくカーテンが揺れ動いている。

その様子を見て、式場に居る人々は喉が千切れんばかりに悲鳴を上げている。

弟子の声は一切聞えなくなった。
そして、それからしばらくしてカーテンの揺れがおさまった。

式場の人々の表情は地獄を体験したかのように恐怖のどん底だ。

皆が体中を震えあがらせ、その場で腰を抜かし動けない。

「レディースエーンジェントルメーン!」
そこへ来て1番弟子の場違いなカン高い声がカーテンの奥から聞えてきた。
「みなみな様!本日は足元が悪い中、我が師匠の火葬にお立ち寄り頂きまして、誠に!誠に感謝しております!えー皆さん…」
分厚い黒いカーテンの裏から両手を上げ、皆の前に笑顔で登場した1番弟子。
「師匠は良く申しておりました…腹話術はお客様に喜んで頂いて初めて芸として成り立つのだと。師匠には腹から声を出しているように、と…よく叱られたものです…」

うつろな目つき。
口の周りにベッタリと血がついている弟子の唇は全く動いていない。

それはまさに完璧な腹話術なのである。
作品名:腹話術 作家名:igu