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不器用過ぎる僕等

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初出版



 荘厳な雰囲気の中、それは執り行われた。わびさびを重んじる茶道に若干反するような豪華絢爛な装いをした茶室に秀吉様へと遣える者共が本人と共に円陣を描くように座っていた。皆が正座をしている中で一人だけ異彩を放っている男がいる。
 幾人か離れた位置に座っているのだが、脚が悪いのだろうどこか崩した正座をして、俯きがちにしていた。死に装束と見間違いそうな白い着物で手も布で覆われ、顔にも一部布がかけられており首もとまで隠すような出で立ちをしていた。
 ここにいるからには重鎮なのだろうと思うし、前にも何度かすれ違う事もあったのだが話した事もない相手故にどうして顔を覆っているかなんて知る由もなかった。のだが、右隣に座っている奴らがこそこそと話しているのを聞けば、彼は病を煩っており患部を隠す為にやっているらしい。皮膚病の一種なのだろうかと漠然と考えを巡らしていた。
 どちらにしろ私には関係がないし、ここにいる以上優秀な人なのだろうから隣のように差別する気さえ起きなかった。
 今日の茶会は一つの器を一口飲んでは回し、己らの結束を高める為の儀式なのに、小言とは言え話している奴らを見ていると呆れが止まらない。
 目を誰にも焦点を合わせないように、外の景色を見ていれば辺りが俄に騒々しくなった。何事かと思えば彼を茶碗が越えていて、その後の輩が口を付けるのを嫌がっているようだった。病が感染る、と。
 その時に聞こえたのだが彼の患っている病は業病らしい、治す方法が見つかっていないから怖いのだろう。しかし、感染するという文献は未だかつて拝んだ事がないのだし、怖がる事はてんでないのだろうし、迷信に惑わされている回りはどうでもよいが、話のネタにされている彼は完全に迷惑極まりないだろうによくも大人しくしているものだ。
 そこで元になった彼の方に目線を向けると先程よりも俯いていた。それは泣いているようにさえ見えた。
 もう一度茶碗を見れば、なみなみと溜まった緑色い液体が残っている。
「飲まないのならその器を私に早く回してくれ」
 と知らぬ間に呟いていて自分でも驚いて口を塞ぐ。私はなにを言っているのだろう。
 騒がしいのはそのままに一人一人、口を付けようとせずに回ってきた抹茶の入った器を一息に飲み下した。それは上品な味だった。
「かかっ、豪気な奴だ」
 秀吉様は声を荒げてお笑いになっていた。嘲る笑みなのか、先程の男を慮っての行為かは理解しかねないのだが、秀吉様が席を立ったのに倣うように一人、二人と席を立っていった。
 けれど白装束の男は相も変わらず座ったまま、俯いたままである。
 不思議に思い近付けば気付かぬようで反応を示さない。肩を叩いてから目の前に座ってやればびく、と体躯を震わせて捕食者に怯える羊のようだった。
「小生に関わらない方がいい」
 目線を切って明後日の方向を見ながら呟かれた言葉にやるせなさを覚えた。彼の目は少し潤んでいるようだったが気にもしない風だった。
「名前は知らないが、ここに居るからには秀吉様の部下なのだろう? ならば罵倒する必要も価値もまるでない」
 しかも明らかに武道派に見えない出で立ちに共感さえも覚えている、とまでは言えなかった。
「変わった御仁、小生が初めてあったタイプだ。名前は確か……聞いた事があったが忘れてしまった」
 驚いたようにこちらを振り向いた彼は墨のように黒い瞳に私の顔を映していて、まるで心の底まで覗かれている気がしてドキリとした。
「私の名は石田三成だ。たまに、佐吉と呼ばれているが」
「佐吉……あぁ、聞いた事がある。小生は大谷吉継、もしかしたら紀之介と呼ばれているのを聞いているかもしれないね」
 言われた名前には聞いた覚えがあった。秀吉様が再三、誉めていて一度逢ってみるといいと奨められていた男だ。なるほど合点がいく、聡明そうな瞳をして、理知的な話し方をする。小声で彼を罵っていた猪武者とは大違いである。
「こちらも噂は聞いた事があるな」
「……小生の病の事だろう」
 そう言った途端に目を瞑ってどこか自身を嘲るような笑みを浮かべた。それを見ると何度もそう言われ続けたのだろうかと漠然と思った。自分だって家柄は武家なものの寺に預けられていて、秀吉様に見つけて貰えなかったら、どんなに出世しても住職止まりだった身としてはどこか処遇の近さを感じた。無論、彼と比べればなんともない事であろうが。
「いや、私はこう聞いたぞ? 素晴らしいもののふ、だと」
「ふふ、なんたる誉め言葉」
 無論、半分は嘘だ。病については先の茶会で再三聞いていたのだから。けれどこれ以上彼を傷付ける理由などないのだから、慎重に言葉を選ぶ。
「私なんかに言われても嬉しくなんかあるまい。秀吉様にでも言って貰え」
「……褒められても、何も変わらないのだから構いやしないよ」
 聡明そうな輝く黒い瞳を逸らして呟く様は自虐的にさえ見えた。なんとも、自己嫌悪が激しい男で、その信念を曲げたがらない様は異常と言っても過言ではなかった。
「あぁ、もう━━じゃあ、こう言えばいいか? 誰でもよいから慰めて貰え!」
 なにを言ったらいいか解らずに頭を抱えながら叫べば相手は不思議そうに首を傾げた。何を言っているのだろうと思っているのだろうか。なんとも鈍感な男だ、呆れを越えて感動さえも覚えた、目が潤んで視界だってぼやけているだろうに気付かないのかと。
「どうしてそんな事を考えるのだ? 小生にはてんで分からない」
「……鈍感なもののふ、だな」
 聡明故に重宝される逸材なのだが、自己の事となると恐ろしく愚鈍なのだと知らしめてくれた。手を無造作に相手へ伸ばせば大谷殿は驚いたような、かつ怖々とした表情でこちらを見つめた。それを構うつもりもなくて、相手の目尻にたっぷりと溜まった涙を無造作に拭い、濡れた指先を見せれば大谷殿は目を見張っていた。
「……私は、過度の口下手だ。しかし敵でない大谷殿が、涙を流されたら理由などなくても手を差し伸べるのが当たり前であろう」
 相手の伏せ気味の目と視線を合わせながら、持論を展開した後に、言い過ぎたのではないかと後悔した。秀吉様にほとんど年の変わらない御仁だからとれた暴挙であるとも言え、決して得策と思えなかった。
「ふふ……それもそうだ。もし、石田殿が涙を流されるなら、小生が拭わせて貰おう」
 今度は玄い目をこちらに向けて、目元だけで笑んでみせた。茶を飲む時に(実際は口付けてはいなかったが)捲り上げたものの、今は先程と同じように布で鼻から下が覆われて見えないだけで、口元まで笑っているのではないかという自然な微笑みだった。けれど病故か、どこか薄暗い寂しげな笑い方で、なんとも言えなくなってしまった。
 自分だってそんなに綺麗な笑みを浮かべたり、愛想を振る舞いたりするのは至極下手であるから人の事は言えないのだが。
「それは嬉しい。……その前に、愛想よく笑う練習をしなくてはならいようだがな」
 不器用ながら口角をあげる私を見た大谷殿は、「それは小生もだ」と声を押し殺した笑い声をあげていた。
作品名:不器用過ぎる僕等 作家名:榛☻荊