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端数報告3

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宝くじをあなたは買う人?買わない人?


 
世の中には二種類の人間がいる。列に並ぶのが好きな人と嫌いな人だ。
 
それとは別に二種類がいる。宝くじを買う人間と買わない人だ。おれは両方後者なんだが、それでも一度、一度だけ、くじを買ったことがある。1990年夏、21歳のときだった。東京に住んで三度目の宝くじの季節だった。
 
列に並ぶのは大嫌いだが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』を有楽町マリオン・日本劇場の先行オールナイトで観るには並ぶしかなかった。最高の時間を過ごした後で夜明かしする場を探しながら、今年はサマージャンボとやらを買ってみるのもいいかと思った。しかし並んで買うのはごめんだ。数寄屋橋のくじ売り場に並ぶ列をいつも横目に過ぎていたが、そりゃこれだけ並んで買えばそのうちの10人くらい当たるやつもいるだろう、そんな計算もできんのか、としか考えていなかった。くじが当たる確率はどれも等しく同じであり、どこで買おうと同じのはずだ。
 
そう思ったから道端の小さな売り場で10枚組をひとつ買った。「明日が抽選です!」という日にちょっとわくわくした。
 
が、当日になってみると急に気持ちが冷めてしまい、当たり番号を確認することもしないでクズ入れに捨てた。それきりくじをカネ出して買ったことはおれはない。
 
そのすぐ後くらいに、数寄屋橋で並んで買う人間はひとりが何万も何十万円も一度に出して買うのだと聞いて驚いたせいもある。ええっ? だったら確率がちょっとは上がって当然じゃないか。でも〈ちょっと〉だろ。そんなちょっとの率のために、バイクが買えるような額を……。
 
そう思ったが、『当たる』と思っているやつは、当たると思うわけだから当たると思うわけなのだ。宝くじが当たると思うやつは言う。買わなきゃ当たらないだろう、だから買えば当たるんだ。数寄屋橋で並べば当たる。10万買えば確率は上がる。20万でもっと上がる。つまり絶対に当たるってことだ。数寄屋橋の売り場に20万円持って並んで買うんだからな。これで当たらないわけがねーだろ。オレは夏・冬の年2回、毎度20万ずつ買ってる。数寄屋橋でな。10年だ。20回で四百万だぞ。これだけ投資したんだから、次で当たらないわけがねーだろ。ってゆーか、ここでもしやめたら、今までのカネがパーじゃねえかよ。だから今度は思い切って50万円……。
 
というような人間が、たぶんあなたのまわりにもひとりくらいいるんじゃないすか。テレビに映るコロナウイルスの専門家は、最近ますます、どいつもこいつも、この人みたいになってきた。最初からそうであったとも言えるんだけど、投資額がかさんでますますおかしな具合になってしまったような人。そんなふうに見えませんか。
 
テレビに映る専門家は、感染の確認者数が日に20か30人くらいの頃にこう言った。
 
「今日は30人ですよ、30人! きのう新たに30人! これはいつ波が来てもおかしくない数字と言えます! コロナは人類がかつて経験したことがない史上最大の禍でありまして……」
 
なんてことを言うからには、〈スペイン風邪〉で四千万、日本で四十万だかが死んだという以上の死者が出るのかとみんな思ったんだよね。おれは思わなかったけど。
 
日の感染確認数が100になり200になっても言うことは同じ。
 
「今日は100人ですよ、100人! きのう新たに100人! これはいつ波が来てもおかしくない数字と言えます! コロナは人類がかつて経験したことがない史上最大の禍でありまして……」
 
「今日は200人ですよ、200人! きのう新たに200人! これはいつ波が来てもおかしくない数字と言えます! コロナは人類がかつて経験したことがない史上最大の禍でありまして……」
 
でもって去年8月の、熱帯夜が続いたときに100人死ぬと彼らは言った。
 
「波です! これは波です! ワタシが言っていたことが正しかったとわかるでしょう! これが人類が経験したことのない史上最大の災厄なのがわかるでしょう!」
 
と。しかし世の大々多数、95パーの人間は、数寄屋橋の宝くじ買い行列を横目に過ぎる人々のように落ち着き払ってうろたえなかった。
 
そして今も落ち着いている。だからおそらくあなたもまた、95パーの確率でそのひとりなのじゃないかと考えながらおれは今これを書いています。しばらく休んだが書くことにしました。まあ、とりあえずこの一回だけね。コロナウイルスの専門家達はその後、日の感染者が500になり1000になり、2774になるたび言った。「これこそいつ波が来てもおかしくない数字です!」と。それじゃあ一体、20や30、100や200で言ったことはなんなのか。そして減れば減ったで言う。
 
「油断してはいけません! これはむしろ波が来るおそれが、高まったものと言えます! これはもうかつてなく高まっている状況と言えます!」
 
だとか。そしてちょっと増えると、
 
「ホラ見なさい、ホラ見なさい! これです! これこそ波が来てもおかしくない数字なのです!」
 
減ると、
 
「油断してはいけません! この数字こそ! この数字こそ!」
 
増えると、
 
「これです! この数字です! この数字こそが!! この数字こそがあ――っ!!!」
 
と。横で池上彰がウンウンと頷きながら聞いているのでそうなのだ、となっている。専門家が言うことだから確かだと。
 
なっているけど、一度でも、あなたは学者が言うことがわかったことがありますか。彼らを見て、こいつらまるで、
 
 
「こいつらまるで、宝くじに狂ったやつが、
『買わなきゃ当たらない、買えば当たる、今度こそ! 次は必ず! 次は必ず! だって10万も買うんだから! 20万も買うんだから! 数寄屋橋で並んで買えば当たるんだ! 最初は1万2万で初めて、5万10万20万、30万に50万! 今では毎回百万買って、もう累計で一千万も買ったんだから当たらないわけがないんだ、今度こそ! オレに一億が当たるんだ!! 一億円が当たるんだあ――っ!!!』
とわめいてるみたい」
 
 
と思ったことないですか。
 
 
あるいは、こう思ったことは? 週刊誌には、どれも必ず、
 
 
「週刊誌には、どれも必ず、
『今週のロト6はこの番号が当たります!』
なんて予想のページがあるけど、この学者の言うことはまるきりそれと同じみたい」
 
 
と感じたことないですか。
 
 
おれは毎回そうですが。宝くじをあなたは買う人? 買わない人? おれは買わない。あの一度きり、二度と買わない人ですが、別にね、少しくらいなら、買う人をバカと言いません。しかしくじに狂う人は、『一億円が当たる』という考えに狂う。
 
今の日本、そして世界でテレビに出る人間は、『この自分が一億を救った者になれる』という考えに狂う。「マスク着用! 密を避けて!」とカメラに言うだけで、くじを一枚買った気になる。2回言えば二枚のくじを買った気になり、3回言えば三枚買ったつもりになる。
 
作品名:端数報告3 作家名:島田信之