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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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青い絆創膏(前編)

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2話「私の家と、ライブのチケット」






目の前にあるのは、スマートフォンの画面。私は学校から帰って来て、着替えと食事が済んでからすぐに、自分の部屋に鍵を掛けた。

リビングから聴こえてくる音を遮るために、イヤホンで大好きなアイドルグループ、「Sister“P”」の新しいアルバムを聴いている。それなのに、その隙間から、「あんたみたいな飲んだくれなんか」や、「お前なんかになんにも」という、両親が罵り合う声が入り込んで来る。

私は構わず音量を最大にして、耳がジリジリ痛んでも、その声を聴くまいとしていた。両目から涙が溢れる。体中が燃えるように熱くて、手が震えて、涙が止まらない。

“昔はこうじゃなかった。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。子供の私にはなんにもできないのかな…。”そんな思いで胸が痛んで苦しくて、静けさが戻って来るまでは泣き続けていた。

しばらくすると、隣にある両親の寝室から、お父さんのいびきが聴こえてきた。少し離れたキッチンからは、お母さんがすすり泣く声がする。私はよっぽどお母さんのところへ行って慰めたかったけど、前にそうした時、お母さんは混乱していて泣き喚くばかりだったから、怖くてそれはできなかった。

部屋のドアを開けて、キッチンからは見えない洗面所に行き、顔を洗ってから鏡を見た。

そこには、険しい顔つきでこちらを睨みつけ、唇を突き出した私の顔が映っている。

怒り。悲しみ。切なさ。それが私の眉を、唇を、頬を歪めていた。

その時の私にはそんな感情の色が見えるだけで、自分の心が何を感じているのかなんて分かっていなかったけど、私はその自分の顔を、「嫌い。醜い」と思った。

“どうしてこんな顔なんだろう。笑わなくちゃいけないのに。”なぜかそう思って、それができない自分を責めようとした。でも、そんな気力はなかったから、その後トイレに行って、そのまま眠った。






ある日を境に、家での食事があまり統一感がなくなっていった。それに気づいたのは、「今日はハンバーグよ」と、部屋から呼び出された時だった。

私が台所に行くとテーブルにはハンバーグの乗った皿が二つあって、大きなサラダボウルと、ごはんが盛られたお茶碗も二つ、それからうさぎの箸置きに乗った箸が向い合せに並べられていた。お父さんは仕事でいつも遅くなるので、夕食は私達よりずっと遅い。

「わあ」

私が胸をワクワクさせてため息をつき、“早く食べたいから、お母さんを呼ぼう。”と思って振り返ると、お母さんは燃えないゴミの箱に、何かを捨てるところだった。よく見えなかったけど、それはレトルトハンバーグの袋のようだった。その時、“おかしいな?”とは思った。

うちのお母さんは料理に凝る人で、ハンバーグだってしっかり玉ねぎを炒めないと気が済まない。それが今日に限ってレトルトのハンバーグだなんて、変だった。でも、“今日は疲れてるのかな?”とも思ったし、私は気づかなかった振りをして食卓に就いた。

それからも、“昨日はきちんと作っていたのに、今日は全部レトルト”という日もあったし、“ほとんどが近くのスーパーのお総菜コーナーで見たもの”なんて時もあった。


おかしなことはまだある。お母さんはきちんと整理整頓をするのに、台所が洗い残しの皿や、ほったらかしのティーポットなどで雑然としている日が増え、廊下も、埃が目立つ時が多くなっていった。私はそれで、“家の中の混乱が、お母さんの心と体を蝕んでいるのだ。”と知った。





お父さんは、酒飲みだ。昔はそんなことはなかったのに、今じゃ家に帰ってきたらまずビールの缶を開けて、テレビを観ながら番組に向かって愚痴をこぼしたりしている。

本当に昔は、私とよく遊んで、話をしてくれて、優しくて面白いお父さんだった。でも、お父さんはある日会社から帰って来ると、いきなりお母さんに泣きついて、「もうダメだ、もうダメだ」と繰り返した。幼かった私は、なぜお父さんが泣いているのか分からなかった。

ずっと後になって、私が中学生になった頃、お父さんはよく酒を飲むようになって、ある晩、お母さんが話してくれた。


「お父さんね…泣きながら帰って来たことがあったでしょう」

「え、うん…すごい前、だよね…?」

リビングにはその時私とお母さんしか居なくて、寝る前にベッドに入ろうとしていたところを起こされたのだ。

「そう…もうずいぶん前だけど、お父さん、会社が変わったでしょ…」

「あ、そうだね、なんか、新しい会社で部長さんになるからって聞いた」

私はその時、誇らしい気持ちでそう言ったのに、お母さんは首を振っていた。そして、言いにくそうにしていたけど、「これを聞いたって、お父さんには絶対言っちゃダメよ」と言った後で、こう言った。

「…左遷なの。部長さんになったのは、前の会社よりずっと小さい会社で…これからはお給料も上げてもらえない。だから、ああしてお酒を飲むの…」

そう言ってお母さんは泣き出してしまった。私がショックを受けて、目の前で泣いているお母さんを慰められないでいるうち、お母さんはずっとこう言い続けていた。「お父さんが悪いんじゃない」と…。


“お酒なんかこの世から消えちゃえばいいのに”。私は何度となくそう祈っては、やっぱりお母さんにひどいことを言うお父さんを責めたり、そんなことをする自分を咎めたりした。




作品名:青い絆創膏(前編) 作家名:桐生甘太郎