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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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青い絆創膏(前編)

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6話「壊れる家」






保健室で会った女子生徒は、そのままたかやす君の話をたくさんしてくれた。たかやす君の友達になったのは、たかやす君も保健室登校をしていたからで、毎日のように保健の先生に軽口を叩いては、笑わせたり、時には叱られたりしていたらしい。

明るく、上手く周りに合わせることができるのに、どうしても教室に行きたがらないたかやす君には先生たちも首を傾げるばかりだったみたいだ。それでも保健室に来ると安らいで元気にしているたかやす君を見て、周りの大人も少しは安心するようだった、とのことらしい。

それから、たかやす君は勉強をしている姿を見たことがないのにすごく成績が良くて、いろいろなことに詳しかったと、隣の彼女は言った。喋る調子もとても頭の回転が速いのがよくわかった、と。

あとは、ネットゲームが好き、ロックミュージックも好き、スナック菓子も好きという、ごく普通の若い男の子である一面もあったらしい。よく保健室にお菓子を持ち込んで、たまに見つかって叱られていたみたいだ。

私は隣のベッドで、私ではない別の生徒がたかやす君についていろいろと話すのを聞いていて、彼が本当にこの学校に居た生徒だと、初めて感じた気がした。

“ああ、それで学校内を探してもなかなか見つからなかったんだ…。”、とも思った。

その後隣のベッドから衣擦れの音がして、私のベッドのカーテンが開けられた。そこには、目も覚めるような綺麗な女の子がいた。ベッドから半分起き上がった彼女の体はとても細くて儚く、そしてぱっちりとした大きな瞳を瞼で半分包んだような彼女は、こう言った。

「わたし、みずほっていうの。よろしくね、新入りさん」






私が保健室登校をするようになってから、お母さんは毎朝心配そうに私を送り出して、いつも何か言いたげな顔をしていた。私はなぜ学校に行かないのかの理由はいまだに話していないし、もちろん同学年の生徒が亡くなったことなんか話してない。言えるはずがなかった。私が屋上に入り浸っていたことを話さなくちゃ、話が出来ないのだから。

「たかやす君と出会ったのは屋上だし、帰りが遅くなった日に一緒にライブに行ったのもたかやす君だ。私が「逃げたい」と感じていた時、たかやす君はそばに居て、連れ出してくれた。私はそれが嬉しかったから、彼の死がこんなに悲しいんだ」

もし言葉にするとしたら、私はこう話すだろう。お母さんには本当のことを底の底まで話して、私が本当に悲しいんだってことを分かってもらいたいから。

でも、そんなことを言えば余計に心配される。それに、お母さんは家のこと、お父さんとのことで手一杯なんだから。


家は毎晩、まるで戦場かのように揺れた。お父さんとお母さんは、殴り合ったり一方的にどちらかが殴りつけたりすることはないけど、それこそどんな罵詈雑言だって怒鳴り合っていた。

お父さんが酒に酔ってお母さんの家事などに文句を付け始めると、事が始まる。それからお母さんは用事をしながらお父さんの文句をかわそうとするけど、結局お父さんは片手間にあしらわれることに怒って、お母さんも売り言葉に買い言葉で喧嘩になってしまう。それを私は何度も聞いた。

私は自室で一度、お母さんの叫び声を聴いた。それは、お父さんが「養ってるのは俺だぞ!その俺を差し置いて、苦労苦労と言われたって困る!」と言った後だった。

「あんたの甲斐性がないことに、私や凛を巻き込んでおいて、何よその言い草!」

すぐにお父さんは言い返したけど、私はその時はっきり分かった。“この家はもうダメだ”、と。お母さんは「巻き込む」という言葉を使った。それなら、お父さんはもうお母さんにとっては部外者であって、家族ではないのだ。

私はほんの少しお父さんが気の毒になったような気もしたけど、その直前にお父さんが言ったことだって酷い。とにかく、家はめちゃくちゃだった。

でも、そんなある日、一晩だけ家が静かになった夜があった。



私はその晩、“あれ?今日は言い合いが聴こえてこないな”と思って薄気味悪かったけど、だからこそ部屋から出なかった。何か、嫌な予感がしたのだ。

“もしかしたら、今部屋から出たら、お母さんを殺してしまったお父さんと鉢合わせしたりするかもしれない”。そんな非日常的な空想をしてしまうくらい、家はいつも怒号が飛び交っていた。



予感は、ある意味では当たった。ある火曜日に私が学校から帰ると、お母さんは私をキッチンに呼んだ。

「おかえりなさい、凛」

そう言った時のお母さんは何かすっかりくたびれたような顔をして、私を玄関で待っていたようだった。

「ただいま。どうしたの、玄関で」

お母さんは私が驚いたことには「そうね」と返しただけで、うつむきながら両手の指をおなかの前で組み合わせて、「制服から着替えたら、キッチンでお話しましょう」と言った。


キッチンテーブルの真ん中にはティーポットが置かれ、お母さんの好きな紅茶の葉が踊っていた。二杯分が出終わるまでお母さんは喋らなかった。その顔は、お茶が出来るのを楽しみに曖昧に微笑んでいるようにも見えたけど、私にはお母さんがすっかり憔悴し切っていたのがなんとなく分かっていた。

お茶はそのうちにポットからカップへと注がれて、静かなキッチンに、とぽぽぽ…、という音が二回響いた。それからお母さんは、いつまでも黙っているわけにもいかないというように、ためらいがちにこう言った。

「お父さんとお母さんね…離婚することにしたの」

私は一応、少し驚いた。でも、それは仕方のないことかもしれないと、やっぱり感じた。“あれだけ上手くいかなければ、もうお互いに見切りをつけないと、傷つくばっかりだし”と、どこかで私は納得していた。

「そう、なんだ…」

私はもうすっかり納得してしまっているのに、驚いている振りをしているのが苦痛だった。お母さんは、何度も私に「ごめんなさい」と言って泣いた。それから、「少し休むわね」と言って寝室に入っていった。



作品名:青い絆創膏(前編) 作家名:桐生甘太郎